事を云えば大へんな事になる所だった。けれども、今は私は家の中を調べた上に、破れた窓も締りをしたし、大丈夫もう盗み聴きをしている者はない。君が少年の癖に、なかなか勇敢で父思いなのに免じて、本当の事を云ってやろう。秘密書類は、君、警視庁にちゃんと保管してあるんだぜ」
「警視庁に? そ、そんな馬鹿な事が」
「ハハハハ、警視庁に保管してあると云うと、信ぜられない馬鹿げた事だと思うだろう。けれども、それは間違いのない本当なんだ。私の部下は秘密書類を盗み出した時に、直ぐ私の所へ持って来ては、とり返しに来られる恐れがあると思って、二重底の鞄《かばん》に入れたまま、わざとタクシーの中に忘れたのだ。無論、運転手は何も知らずに警視庁へ届けたさ。それで、君達が血眼《ちまなこ》になって探している秘密書類は、今は警視庁の遺失物係りの所に、ちゃんと保管されているんだ。つまらない商品見本の入った鞄としてね。二三日うちに、私の部下が取りに行く事になっている。どうだ、私の智恵は。警官や憲兵が夢中になって探している書類が、所もあろうに警察の本尊の警視庁にちゃんと保管されていようとは、芝居のせりふ[#「せりふ」に傍点]じゃないが、お釈迦《しゃか》さまでも知らないだろう。アハハハハハ」
相手を袋の鼠の、しかも子供と侮《あなど》ってか、シムソンは彼の企《たくら》みを、さも自慢らしく述べ立てました。何という狡獪《こうかい》さ。盗んだものを、警視庁に置いて平然としているとは、実に驚くべき悪智恵ではありませんか。道雄少年は旨々《うまうま》とシムソンの秘密を知る事が出来ました。しかし、直ぐに地下室に連れて行かれるのです。折角聞き出しても、何の役に立ちましょうか。
シムソンはふと思い出したように、
「どうもおしゃべりが過ぎたようだ。地下室の水は大方腰の辺《あた》りまでになったろう。さあ、君を入れて、水を止めなければならん」
シムソンがこう云った時に、机の上の電話器がコツコツジージーという微《かす》かな変な音を立てました。道雄少年は急に生々《いきいき》とした顔になって、受話器に手をかけて、取上げようとしました。
「こらッ、触《さわ》ってはいけない」
シムソンは大声に叱りつけて、急いで自分で受話器を取り上げました。
「うむ」
受話器を耳に当てたシムソンは、忽《たちま》ち真蒼な顔をして、パタリと受話器を落しました
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