道雄少年は耳を澄ましました。なるほど、家のどこからか、ジャージャーと云う水の流れ出す音が聞えて来ました。確かに、それは地下室から洩《も》れ聞えて来るのです。その上にジャージャーと云う激しい水の音に交《まじ》って、う、う、と云う悲鳴のような声が聞えるのです。
「と、止めてくれ。水を止めてくれ」道雄少年は血の気のなくなった唇を噛みしめながら叫びました。「早く、止めてくれ」
「ハハハハ」シムソンは憎々しげに笑いました。「漸《ようや》く本当だと言う事が分ったか。だが、あわてる事はない。地下室へ水が一杯になるには、二時間位かかる。足から脛《すね》、脛から膝、膝から腹と、だんだん水につかって行く気持は、余りよくないだろうけれども、水がいよいよ天井につかえるまでは、呼吸《いき》は出来るから死にはしない。それまでは、君とゆっくり話をきめる事にしよう。先《ま》ず第一に、君の持っているピストルを机の上におき給え」
道雄少年は憎悪に燃えた眼で、きっとシムソンを睨《にら》みつけました。しかし、どうにも仕方がありません。がっかりしたように、机の上にピストルをおきました。
シムソンは急いで、少年のおいたピストルを手許《てもと》に引き寄せました。
「危い、危い。子供がこんなものを玩具《おもちゃ》にしては危険千万だ。先ず、これで一安心だ」
「早く水を止めて下さい」
「そう急がなくても、地下室一杯になるにはたっぷり二時間かかるのだ。今頃はもう踝《くるぶし》の所まで来たろう。君のお父さんはさぞかし、生きた空がなくて、冷々《ひやひや》しているだろうて。だが、そう急ぐ事はないて」
「悪漢! 人殺し! 間諜《スパイ》!」
道雄少年は土のように顔を蒼白《あおじろ》くしながら、ののしりました。
「ハハハハ、間諜だけは本当だ。けれども、私は人殺しでも悪漢でもない。君達が父子《おやこ》で私を諜計《はかりごと》にかけようとするから、そう云う目に会っただけの話だ。所で、聞くが、ここへ来たのは君達二人だけだろうね」
「そうです」
道雄少年はもう相手の云いなりになるより仕方がないと云う風に、おとなしくうなずいた。
「では、三日の間、君もお父さんと一緒の部屋に居て貰うことにしよう」
シムソンはそう云いながら、机の上の呼鈴の釦を押しました。所が、どうしたのか、なかなかソーントンが出て来ないので、シムソンはいらいら
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