は下に降りて、先生の靴を脱がせていました」
「書生はいなかったのですね」
「ええ、いつもいる書生が二三日暇を貰って、故郷に帰ったという話で――それで私が頼まれたのですが、私は頭の方を持ち、婆やと女中が足の方を持って、引摺《ひきず》るようにして、洋間の寝室へ連れて行きました」
「その時に寝室には瓦斯《ガス》ストーブがついていましたか」
「いいえ、ついていませんでした。婆やがストーブに火をつけますと、先生は縺《もつ》れた舌で、『もっと以前《まえ》からつけて置かなくちゃ、寒くていかんじゃないか』といいながら、よろよろと手足を躍るように動かして、洋服を脱ぎ始められました」
「そして寝衣に着替えて、寝られたんですね」
「ええ」
 とうなずいて、いおうかいうまいかと鳥渡ためらったが、やはりいった方がいいと思って、
「その時に、先生はひょろひょろしながら、上衣やズボンのポケットから、いろいろのものを掴み出して、傍の机の上に置かれましたが、一品だけ、ポケットの中で手に触ると、ハッとしたように、一瞬間身体のよろめくのを止めて緊張されましたが、その品を私達に見せないようにしながら、手早く取出すと、寝台の枕
前へ 次へ
全75ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング