ておられるのを知らなかった。
 私がふと振り向くと、先生は蒼い顔をして、佇《たたず》んでおられたが、ハッとしたように、
「ああ、君にいうのを忘れていたが、その写真を見つけましたよ」
 と何気なくいって、そのまま元の座につかれたが、その声が怪しくかすれているのを、私は聞き逃さなかった。私は然し何事もないように答えた。
「そうでしたか。私も一生懸命探していたのですが、とうとう見つかりませんでした」
「出入の古本屋が見つけて来てね。他の記事は別に欲しい人があるというので、私は写真版だけあればいいのだから、後は持たしてやったのです」
 私には博士が明かに嘘をついていることが分った。もし古本屋が雑誌を持って来て、切取ったものなら、こんな乱暴な取り方はしない筈である。いっそ嘘をいうのなら、始めから古本屋が写真版だけを取って持って来たといえばいいのに。平素正直な博士は突然にそんな旨い嘘はいえなかったのだ。
 博士は尚弁解を続けられた。
「君に頼んであったのだから、見つかった事を話すべきでしたね。ついうっかりしていて、すみませんでしたね」
「どういたしまして」
 私は写真版を元の通り本の間に挟んで、机
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