て、もう再び毛沼博士に近づきませんでした。そうして、私達は間もなく結婚式を挙げました。
 毛沼博士は表面上私達の結婚を喜んで呉れまして、贈物もするし、披露の席上では祝辞を述べて呉れました。私達は当時は彼がそんなに恐ろしい悪人とも思いませんでしたから、最早私達の事には、蟠《わだかま》りを持っていないものと考えていましたが、それは私達がお人好すぎるのでした。毛沼博士は私達の背後で爛々たる執念の眼を輝やかして、復讐の機会を覘《うかが》っていたのです。
 そんな事を夢にも知らない私達は、大へん幸福でした。妻は直ぐに妊娠して、結婚後一年経たないうちに、私達は可愛いい男児の親になっていました。
 私達の不幸はそれから三年経たないうちにやって来ました。御承知の通り私はその頃から血液型の研究を始めました。そして、恰度あなたがせられたように、私自身妻、子供の血液型を調べました。所が、私自身はA、妻はOであるのに、子供はBなのです。何度調べて見ても、その通りなのです。
 学問の上ではA型とO型からは絶対にB型が生じない事になっています。もし之に例外があるならば、すべての血液型に関する研究は無価値になり、最初からやり直さなければならないのです。所が、私の妻は他のどんな貞淑な妻よりも、更に貞淑であって、妻を疑うべき点は毛頭ありません。然し、私を父とし妻を母とするB型の子供は科学が許さないのです。
 私は悲しい哉、科学者でした。妻の見かけ上の貞淑を以って、科学の断案を覆すことは出来ませんでした。尤《もっと》も血液型の研究には未完成の所があり、絶対性があるとはいえないかも知れませんが、そうなると妻の貞淑にも絶対性はありません。譬《たと》えば妻の処女時代、又私が不在時、或いは外出時、それらのものに科学以上の絶対の信頼の置けないことは、自明の理であります。
 私は煩悶しました。科学を信ずべきか、妻を信ずべきか。私は日に日に憂鬱になり、元から無口だった私は、一層無口になりました。私のなすべき事は唯一つです。それは血液型のより以上の研究です。もしその結果従来の定説を覆すことが出来れば、同時に妻の貞淑が消極的に立証される訳です。従来の定説が破れなければ、妻は不貞の烙印を押されるのです。毛沼博士との処女時代の深い交際、危く免かれた危難、早すぎる妊娠、そうして、ああ、毛沼博士の血液型はB型なのです。
 私は
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