かこう四角張った所が残っているような気がするのが、内野さんの前では心底《しんそこ》から打ち解けて気が許せるという位の違いはあるの。ええ、そりゃまあどっちかといえば、内野さんの方が好きだったけれども、下村さんだって好きだし、あたし困るわ。あたしだけじゃなくてよ。誰でもきっと困ると思うわ。学問の事はあたしには判らないけれども、二人とも何でもよく知っているらしいのよ、頭脳《あたま》だって両方大したもんよ。むずかしい事をいってよく議論するの。昼間ならまだよいけれど、夜遅くまで書生部屋でやるんでしょう。あたし寝られなくって困った事があったわ。あたしにはよく分からないけれども二人ともちっとばかし、ほら、あの社会主義とかいうんでないかと思ったわ。
 先生はあとから考えて見ると、あの頃少し変だったわ。先の短い人のように、一分一秒を惜しんでせっせと暇さえあれば書斎に籠《こも》って書き物ばかししてらっしたし、それにこうなんとなく打ち沈んで元気がなかったし、あたしなんだか近い内に変わった事が起こりそうで仕方がなかったわ。
 あの晩ね。宵《よい》の内《うち》に内野さんと下村さんの二人でそりゃ大議論をしたのよ。先生は書斎でいつも通りご勉強でしょう。あたしお次室《つぎ》に坐っていると、書生部屋で二人が大声でいい争っているのがよく聞こえるのでしょう。あたし喧嘩になりやしないかと思って心配して、止めに行こうかと思っているうちに、先生がお呼びでしょう。ハーイってお部屋へゆくと、下村と内野を呼んで来いってんでしょう。あたしきっと叱られるんだろうと思ってヒヤリとしたわ。二人が入ってしまうと、あたし次室で聞き耳を立てて居たんだけれども、大分しんみりした話と見えて、ちっとも聞こえないの。そのうちにお手が鳴って紅茶を持っておいでというのでしょう。様子を見ると叱られている風でもないので、あたし安心したわ。
 紅茶を上げてから、そう十一時頃でしょう。二人は書生部屋へ帰って寝ちゃったの。先生はまだご研究に起きていらしったようでしたが、もう寝てもよいとおっしゃったので、部屋へ下がって寝たのよ。あたしウトウトとして、フト眼を覚ますと、書斎の方で何だか変な物音がするのよ。先生がまだ起きていらっしゃるのだろうと思って、寝返りを打とうと思って、廊下の方を見ると真っ暗でしょう。書斎に灯《あかり》がついていれば、それが差して、障
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