いてあります。だから隠すにしても大形の本か大きい抽斗でなければならないのです。古田はドイツ語が読めます。だから彼はきっと先生のドイツ語で書かれた研究を盗み出そうという一味の一人に相違ないのです。彼は背が低い。そして何よりも動かすべからざる証拠はここに挟んである紙片です。彼は多くの本を調べて行くのにマゴつかないように、すんだ分には小さい紙片を挟んだのです。白紙のつもりであったのが、彼の翻訳の原稿の書き損ないでも入っていたと見えて、この反故《ほご》に彼の手蹟があります。私は実は古田にドイツ語を習った事があるので、彼の手蹟はよく知っています』
 歯切れのいい口調で、まるで朗読しているような朗《ほが》らかな声で堂々というのでしょう。あたしすっかり聞き惚れちゃったわ。外の人もみんなそうだったの。ところがね。下村さんだけがね。この人はさっきから腕組みして考え込んでいたのですが、この時ちょっと内野さんの喋っている顔を見てニヤニヤと笑ったわ。でもすぐ元の顔になったから、気がついたのはきっとあたしだけだったでしょう。
 検事さんも、古田の事は知っていたと見えて、内野さんの渡した紙片《かみきれ》を見ると、すぐ古田を捕まえに刑事をやったわ。清水の爺は相変わらず顔をゆがめて化石したように突っ立っていたわ。
『もう一本の文鎮を探す必要があるね』しばらくすると内野さんが下村さんにいったの。
『うん、確かに二本あるに相違ない。たとえわずかでも寸法が違うからね。しかしもう一本が鉄に鍍金《めっき》したものであるとしても、どうしてスリ替える事が出来るか。今落ちているのが鉄でなければ説明がつかない』下村さんは独り言のようにいったの。
『そうかッ』内野さんがそりゃ大きな声を出したわ。あたし飛び上がっちゃったわ。『君の考えは素敵だ。君、ニッケルでいいんだよ[#「ニッケルでいいんだよ」に傍点]。恐ろしい計画だったなあ。さあ天井裏だ』
 こういうかと思うと、内野さんはたちまち窓にスルスルと昇って、庇《ひさし》に手をかけ洋館の屋根に上がって、あの汽車の日よけ窓のようなシャッターのはまっている小さい窓をはずし出したわ。下村さんもすぐ後から登ったわ。しばらくすると内野さんが天井裏へ入り込んだので、続いて下村さんも入ろうとすると、中から内野さんが何か渡したらしいの。しばらくすると二人で何だか重そうな電気の機械みたいなも
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