キビキビした青年紳士
甲賀三郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)風《ふう》
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 帝大土木科出身の少壮技術者の創設にかかるものでN・K・倶楽部というのがある。この倶楽部に多分大正十年頃だったと思うが、科学技術者が大挙して入会することとなり、私は準備委員といったわけで、丸の内の同倶楽部へ時々顔を出したことがある。その時分に倶楽部の仕事も段々多くなるし、会員の大部分は昼間他の職業に従事していて、充分に会務を見ることが出来ないから、専任の人を迎えることになった、もっとも庶務担当者として有給の書記が一人二人いたのであるが、今度迎えるのはそれらの上に立つ人で何でも書記長と呼んでいたかと思う。
 新たに書記長に迎えられた人は最近まで大阪で新聞の経済記者を勤めていた人で、中々の手腕家であるということを推薦者から聞いていた。私は恰度彼の就任挨拶のときに居合わしたが、いかにも新聞記者らしいキビキビした青年紳士でアクセントのハッキリした歯切れの好い調子で別にそうやっているのではないが、ちょっと肩を聳やかしてものをいうという風《ふう》で中々頼もしげに見えた。
 その後も無論倶楽部に行く度にはチョイチョイ顔を見合わせるし、個人的に親しく口は利かなかったが、会議の時の議論などは中々しっかりしていて、私の意見にもかなり一致する所が多かったので、これは遣り手だぞと思ったことを記憶している。私は、然し、本来不精なのと、中々意見が多くて、そして自分の意見通り行われないと面白くないという性質なので、先輩の多いその倶楽部では自然黙って聞いていることが多くなり、いつとはなく遠のいて行った。そのうちに書記長に迎えられた人もやはり意見が行われない為かだんだん初めの意気込みがなくなって行くらしいことを耳にした。やがて一年経たないうちに辞めて終ったという話だった。
 N・K・倶楽部の部員で私と同じ科を出たOという男がいたが、それが森下雨村君の親友だった。そんな関係で、以前から探偵小説が好きで、当時も盛んに新趣味などを読み耽った私は、同時に熱心な新青年の愛読者となった。私にも書いて見ないかという話があったが、とても僕などにはと尻込みをしているうちに、乱歩君の「二銭銅貨」が現われ、次いで、「D坂の殺人事件」「一枚の切符」などの名篇が陸続として現われた。
 当時これ等の名篇は創作探偵
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