それから銀座で、また少し飲んで、ドロンとした目付をして、夜店の前を歩いて行つた。四角い建物の上を月は、やつぱり人間の仲間のやうに流れてゐた。
初夏なんだ。みんな着物が軽くなつたので、心まで軽くなつてゐる。テカ/\した靴屋の店や、ヤケに澄ました洋品店や、玩具《おもちや》屋や、男性美や、――なんで此の世が忘らりよか。
「やア――」といつて私はお辞儀をした。日本が好きで遥々《はるばる》独乙から、やつて来てペン画を描《か》いてる、フリードリッヒ・グライルといふのがやつて来たからだ。
「イカガーデス」にこ/\してゐる。顳《こめかみ》をキリモミにしてゐる。今日は綺麗な洋服を着てゐる。ステツキを持つてる。
「たびたびどうも、複製をお送り下すつて難有《ありがた》う」
「地霊《ルル》…………アスタ・ニールズン」彼はニールズンを好きで、数枚その肖顔《にがほ》を描いてる男である。私の顔をジロ/\みながら、一緒に散歩したものか、どうかと考へてゐる。彼も淋しさうである。沁《し》むやうに笑つてゐる。
「アスタ・ニールズン!」
私一人の住居のある、西荻窪に来てみると、まるで店灯がトラホームのやうに見える。水菓
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