心が要求しはしなかつた学問を、本屋に行けば本があつたからしたんでさうなつたんだ。
「やつぱり朝はおみおつけ[#「おみおつけ」に傍点]がどうしたつて要りますなあ」だの、「扇子といふやつはよく置忘れる代物ですなあ」とか云つてれあともかく活々してる奴等が、現代だの犯罪心理なぞとホザき出すので、通りすがりに結婚を申込まれた処女みたいなもんで、私は慌ててしまふんだ。
大学の哲学科第一年生――なんて、「これは深刻なんだぞオ」といふ言葉を片時も離さないで、カントだのヘーゲルなぞといふのを読んでゐる。
欧羅巴《ヨーロッパ》がハムレットに疲弊しきつた揚句、ドンキホーテにゆく。するてえと日出づる国の大童らが、「さうだ! 明るくなくちやア」とほざく。向ふが室内に疲れきつて、戸外に出る。すると此方《こつち》で、太陽の下では睡げだつた連中が、ウアハハハツと云つて欣《よろこ》ぶ。その形態たるや彼我相似てゐる。鉄管も管であり、地下鉄道も管である。
なあに、今日は雨が降るので、却々散歩に出ないんだ。没々《ぼつぼつ》ハムレットにも飽きたから、ドンキホッテと出掛けよう。雨が降つても傘がある。電車に乗れば屋根もある。
底本:「日本の名随筆 別巻32 散歩」作品社
1993(平成5)年10月25日第1刷発行
底本の親本:「中原中也全集 第三巻」角川書店
1967(昭和42)年12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2006年12月30日作成
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