よ。
従ひて、迎へられんとには非ず、
従ふことのみ学びとなるべく、学びて
汝が品格を高め、そが働きの裕《ゆた》かとならんため!
更くる夜
内海誓一郎に
毎晩々々、夜が更《ふ》けると、近所の湯屋の
水汲む音がきこえます。
流された残り湯が湯気となつて立ち、
昔ながらの真つ黒い武蔵野の夜です。
おつとり霧も立罩《たちこ》めて
その上に月が明るみます、
と、犬の遠吠がします。
その頃です、僕が囲炉裏《ゐろり》の前で、
あえかな夢をみますのは。
随分……今では損はれてはゐるものの
今でもやさしい心があつて、
こんな晩ではそれが徐《しづ》かに呟きだすのを、
感謝にみちて聴きいるのです、
感謝にみちて聴きいるのです。
つみびとの歌
阿部六郎に
わが生は、下手な植木師らに
あまりに夙《はや》く、手を入れられた悲しさよ!
由来わが血の大方は
頭にのぼり、煮え返り、滾《たぎ》り泡だつ。
おちつきがなく、あせり心地に、
つねに外界に索《もと》めんとする。
その行ひは愚かで、
その考えは分ち難い。
かくてこのあはれなる木は、
粗硬な樹皮を、空と風とに、
心はたえず、追惜のおもひに沈み、
懶懦《らんだ》にして、とぎれとぎれの仕草をもち、
人にむかつては心弱く、諂《へつら》ひがちに、かくて
われにもない、愚事のかぎりを仕出来《しでか》してしまふ。
秋
秋
1
昨日まで燃えてゐた野が
今日茫然として、曇つた空の下《もと》につづく。
一雨毎に秋になるのだ、と人は云ふ
秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、
草の中の、ひともとの木の中に。
僕は煙草を喫ふ。その煙が
澱《よど》んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎《かげろふ》の亡霊達が起《た》つたり坐つたりしてゐるので、
――僕は蹲《しやが》んでしまふ。
鈍い金色を帯びて、空は曇つてゐる、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯《うつむ》いてしまふ。
僕は倦怠を観念して生きてゐるのだよ、
煙草の味が三通りくらゐにする。
死ももう、とほくはないのかもしれない……
2
『それではさよならといつて、
めうに真鍮《しんちゆう》の光沢かなんぞのやうな笑《ゑみ》を湛《たた》へて彼奴《あいつ》は、
あのドアの所を立ち去つたのだつたあね。
あの笑ひが
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