は近時芸術の萎凋する理由を、時代が呼気的状勢にあるからだといふやうに考へる。

 仮りに思想が分析によつてはじめて形態を取るとしても、思想の実質は、瞑想そのものではないが瞑想状態にある。

 自己分析がなされることはそれが必然的であるかぎり結構な状態であるが、その分析の結果が、直ちに行為に移らないで、その分析過程の記録慾となる時悲惨である。
 その記録慾は、分析が繊細であればある程強いのでもあらうが、その慾は昂ずれば、やがて事物から自己を隔離することになる。尠くとも理論と事実とが余りに対立して、人格の分裂となる。
 近来芸術が非常に感覚的であるか又、一方非常に理論的であるかの何れかに偏してゐるのは、如上の理由に因るのであらう。
 蓋し、「生きるとは感覚すること(ルッソオ)」であり、感覚されつつあれば折にふれて、それらは魂によつて織物とされる。その織物こそ芸術であつて、その余はすべて胃病芸術なのであらう。

 その今いふ記録慾――言換れば「回想の時間」。
 すべて回想的に努力されるのは人のヴァニティのためではないか?

 ネルヴァルの発狂、二重意識の相剋による錯乱は蓋し、彼が彼の分析方面に執し過ぎたことが原因ではある。
 又、「人生の躁宴に於ける不安の客」と言はれたボードレールの不安は、私には結局抽象慾の過剰が原因をなしてゐると思はれる。彼がダンディスムといふも、必竟その抽象慾の一形式ではないか?
 ラムボオに就いても同様なことが云へる。彼は自己の感覚の断面々々に執しすぎて、畢にその断面々々が一人格中に包摂される底の実質を失つたのである。
 蓋し、すべて分析過程の保留を願つたり、抽象慾過剰だつたり、感覚的断面に執着したりすることは、実行家的精神であつて芸術家精神ではない。
(以下少しく独白めいて、岩野泡鳴を批評しよう。
 彼が刹那主義といふ時、恰かも私が上に述べた如き趣意にあるやうに見える。然るに彼は余りに側面的に刹那を考へはしなかつたか?
 即ち、彼は刹那が個人精神中で考へ得らる[#「得らる」に傍点]ことであつて、生活といふ対人圏に流用されるすべてのものは、必竟「規約」以外の何物でもないことを誤認しはしなかつたか? 否寧ろ、棄てて省みなかつたではないか?
 蓋し、個人――即ち夢みる動物中の理論なり想像なり幻想なり其他何でもが、他の個人にまで如何に影響するかの其処に生の全ての意味があるのを、その影響以前に於てだけ刹那を考へてゐた泡鳴は、悲劇、即ち生死合一境――言換れば慈愛の境地を見ることがなかつた。
 顧ふに、彼こそ「若い人に同情心は不足勝なものです」と言はれる場合の、その「若い人」である……)

 扨、私は近代病者の一例を御紹介するが、その前に一言前置きしなければならない。近頃人々は、「唯物、々々」と云つてゐるが、彼等がさう云つてゐる時くらゐ唯心的なものはないやうである。
 惟ふに、物と心とは同時に在る[#「在る」に傍点]。今仮りに「太初に言葉ありき」といふことを考へてみるに、そは「太初に意ありき」といふことであると同時に「太初に意を聴かされしもの[#「もの」に傍点]ありき」といふことである。
 即ち実在は人間の思考作用に入り来るや空間化され、而してその空間化されし実在に於ては、主語と客語は常に転換され得る。
 之を要するに、物は心を予想し、心は物を予想するのがザインであり、それを展開するものが夢《ゾルレン》である、といふことである。
 而して夢が実践されるは情意的であり、――かくて、情けを否認するは否認者自身の生を否認することであり、生存者が生存を否認することは不可能であり、結局さらば彼の否認とはほんの心理的一事実に過ぎないとなら、さつさと人々は情けを認容し、謂はばチエホフの微笑の中に行き、――近代よ、汝の神経衰弱より放たれるがよい。
 甞て彼――一近代病者は、「情けぞ人の命なる」といふヴェルレーヌが一詩に不図心惹かれ、惹かれた迄はつつましやかであつたが、惹かれ終つて彼はそはそはしはじめた。
「どうしたのだ」と訊ねると、羞むともなく羞みながら、「それでは私の場合では何を愛せばよいか?」といふのだ。
「貴方が情けを感ずるものを」と答へると、間もなく彼はイライラしだした。
 では彼は情けを持たぬのであらうか? 否! 生きとし生けるもの無情ではない。唯彼の場合は、情けではないが情けの実質(層)が、可なり錯乱してゐるのである。
 何よりも彼はもと善良な人で、その善良は今も依然存する[#「存する」に傍点]が、彼の善良は働き[#「働き」に傍点]を失つてゐる。
 注意せよ、彼は以前には驚くべく観念明晰な男であつたが、やがてその観念を自己の裡に位置せしめる底のもの、即ち自然――手を差伸べもしないが手を退きもしないもの、――が人間の裡にあつて
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