ほどの高さに、
骨はしらじらととんがつてゐる。


秋日狂乱

僕にはもはや何もないのだ
僕は空手空拳だ
おまけにそれを嘆きもしない
僕はいよいよの無一物だ

それにしても今日は好いお天気で
さつきから沢山の飛行機が飛んでゐる
――欧羅巴《ヨーロッパ》は戦争を起すのか起さないのか
誰がそんなこと分るものか

今日はほんとに好いお天気で
空の青も涙にうるんでゐる
ポプラがヒラヒラヒラヒラしてゐて
子供等は先刻《せんこく》昇天した

もはや地上には日向ぼつこをしてゐる
月給取の妻君とデーデー屋さん以外にゐない
デーデー屋さんの叩く鼓の音が
明るい廃墟を唯独りで讃美し廻つてゐる

あゝ、誰か来て僕を助けて呉れ
ヂオゲネスの頃には小鳥くらゐ啼いたらうが
けふびは雀も啼いてはをらぬ
地上に落ちた物影でさへ、はや余りに淡《あは》い!

――さるにても田舎のお嬢さんは何処《どこ》に去《い》つたか
その紫の押花《おしばな》はもうにじまないのか
草の上には陽は照らぬのか
昇天の幻想だにもはやないのか?

僕は何を云つてゐるのか
如何《いか》なる錯乱に掠《かす》められてゐるのか
蝶々はどつちへとんでいつたか
今は春でなくて、秋であつたか

ではあゝ、濃いシロップでも飲まう
冷たくして、太いストローで飲まう
とろとろと、脇見もしないで飲まう
何にも、何にも、求めまい!……


朝鮮女

朝鮮|女《をんな》の服の紐
秋の風にや縒《よ》れたらん
街道を往くをりをりは
子供の手をば無理に引き
額|顰《しか》めし汝《な》が面《おも》ぞ
肌赤銅の乾物《ひもの》にて
なにを思へるその顔ぞ
――まことやわれもうらぶれし
こころに呆《ほう》け見ゐたりけむ
われを打見ていぶかりて
子供うながし去りゆけり……
軽く立ちたる埃《ほこり》かも
何をかわれに思へとや
軽く立ちたる埃かも
何をかわれに思へとや……
・・・・・・・・・・・


夏の夜に覚めてみた夢

眠らうとして目をば閉ぢると
真ッ暗なグランドの上に
その日昼みた野球のナインの
ユニホームばかりほのかに白く――

ナインは各々守備位置にあり
狡《ずる》さうなピッチャは相も変らず
お調子者のセカンドは
相も変らぬお調子ぶりの

扨《さて》、待つてゐるヒットは出なく
やれやれと思つてゐると
ナインも打者も悉《ことごと》く消え
人ッ子一人ゐはしないグランド
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