太陽、この愛と生命の家郷は、
嬉々たる大地に熱愛を注ぐ。
我等谷間に寝そべつてゐる時に、
大地は血を湧き肉を躍らす、
その大いな胸が人に激昂させられるのは
神が愛によつて、女が肉によつて激昂させられる如くで、
又大量の樹液や光、
凡ゆる胚種を包蔵してゐる。

一切成長、一切増進!

          おゝ美神《※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニュス》、おゝ女神!
若々しい古代の時を、放逸な半人半山羊神《サチール》たちを。
獣的な|田野の神々《フォーヌ》を私は追惜します、
愛の小枝の樹皮をば齧《(かじ)》り、
金髪ニンフを埃及蓮《はす》の中にて、接唇しました彼等です。
地球の生気や河川の流れ、
樹々の血潮《ちしほ》が仄紅《ほのくれなゐ》に
牧羊神《パン》の血潮と交《まざ》り循《めぐ》つた、かの頃を私は追惜します。
当時大地は牧羊神の、山羊足の下に胸ときめかし、
牧羊神が葦笛とれば、空のもと
愛の頌歌《(しようか)》はほがらかに鳴渡つたものでした、
野に立つて彼は、その笛に答へる天地の
声々をきいてゐました。
黙《もだ》せる樹々も歌ふ小鳥に接唇《くちづけ》し、
大地は人に接唇し、
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