ぱしから謝絶しても失礼ではないが、何しろ皆神経を鋭がらせた、芸術的神様の集まりである。失礼にわたってはならない。なかなか以てやりにくいという。しかしながらケチな愛好家でもある。

 しかし、目下東京に二、三の高砂屋が現れて相当の功績を挙げている様子だと聞くが、まだ画界全般にわたっては、なんらの勢力を持たない小さな存在に過ぎない。この、組織不備の間にあって、つい起こりやすいのはいかさま的高砂屋である。資本なくて善人の神様を油揚げか何かで欺しておき、絵はほしいがどこで何を買ったらよいのか、不案内という愛好家や、少しも油絵などほしいとも思わない金持ちの応接室へ無理矢理に捻じ込むものがあったり、作品を持ち逃げしたりする高砂屋もあるらしい。

 とかく色男には金と力が不足していると古人は嘆じた如く、本当の現代油絵の理解者達にも金不足の階級者がことの外多い。展覧会を一年のうちに何回か眺めておけば、日本現代の油絵からフランス現代にいたるまでことごとく安値に観賞し尽すことが出来る。何も好んでその一枚を家へ持ち帰る必要あらんやといえるだろう。しかしながら時たまそのうちの一枚を買って帰りたいと思って会場を
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