。それらは、日本的といえ、古き日本、消滅せる日本のおもかげを油絵具を以て現した処の亡霊に過ぎない。
 要するに、日本人としての新らしき油絵の技法は充分なる基礎的工事の上に盛られなければならないと思う。

 体力、神経、本能、表現力、等について
 私は如何に近代の絵画がその形において驚くべき省略がなされ、自然に対して反逆しつつあるかの如き様子にさえ見えるまでの変形が企てられ、気随気儘《きずいきまま》の画家の心が遠慮なく画面に行われているとはいえども、その根底をなす処には必ず伝統の積み重ねられたる古き心が隠され、その心と共に確実なる写実にその基礎を置いているものである事を述べたつもりである。
 日本は洋画の発祥の地ではなかったので、つい勢いその根が如何なる栄養を吸いつつ何の要求から現代となったか、即ち近代絵画の花が咲き崩《くず》れ出したかを眺める事が出来難い不便な位置にあるために、ついその花だけを眺め、何の支度《したく》もなく花だけを模造しようとする傾向があり、また、若き壮なる年配にあっては特にそれを先ず企てようとする。だがもともと、切り花の生命はどうせ幾日間の間である。
 日本洋画壇の今までの傾向は大体が輸入時代だからやむをえない道程ではあったが、その切花の見本は無数の花の中のたった一つの種類に過ぎないものである場合でさえも、その一種の花が当分のうち全日本の浦々にまで流感の如く速かに発生するのである。
 だが根がないために、次の切花の到来を待ちあぐむ。勿論花の見本だけでも心を刺戟《しげき》し開発する役には立つ、しかしながら、根を本土におろすべき芸術はその根も共に知る事なき限り本当の発生と進歩は困難である。
 さて、近代の日本を刺戟した処の切花の元祖、フランスに起った処の印象派以後の素晴らしい種類の流派というものは元来画家が作らんがために製造した処の流派ではなく、やむにやまない情慾の発作によって、あるいは素晴らしい旧時代の退屈からの要求によってあらゆる絵画が動き出したのではないかとさえ私は考える。
 人間が自然に各様式の風貌《ふうぼう》を以て生れては来るのであるが、便宜上馬に類する者、狸《たぬき》に類するもの狐《きつね》に類するものを集めて、狸面、狐面と区別すると、説明がしやすいからだろうと思う。自分自身もつい他人との混雑を避けて、つい似たもの同志がより集って後期印象派とか何々と称するに到るものかも知れない。
 中には俺《お》れは狐だとは思っていないのに狐の部に入れられて内心困っている者もないとはいえないだろう。
 要するに画家が絵画に対する本当の心の動きは、それは本能の動きであり、何の理由もなく、ただ次から次へと、貪《むさぼ》るが如く新らしいものが描きたいというに過ぎない。強い制作力ある画家ほど、飽きやすく、貪慾《どんよく》にして我儘《わがまま》である。
 古人はよく九星とかいうものによって人の性格を定めて見る事をする。私はよく知らないが、九紫《きゅうし》はどんな性格であり五黄《ごおう》の寅歳《とらどし》の男女は如何に意地強きかといったりする。その星の強さというものに似たものを、私は画家の性格のうちに見る。本当の自個をよく生かす画家の星の強さは他の凡百の弱き画家の上に作用して皆|悉《ことごと》く自分と同じ真似《まね》をさせてしまう。自分の流感を他人の全部へ感染させるが如きものであり、感染するものこそ弱き星の性格者であり自ら好んで感染してしまうのである。
 性慾の本能が常に同じものを嫌い、常に新らしきものを要求し、それを得てまた更に更新してその終る処を知らず、遂《つい》に死を賭《と》するに至るといった調子と画家の心とは殆《ほと》んど同じ形をとっている。
 誰れが何んといっても、何が何んであろうとも、流派が何で、シュールがどうなってもいい。常に自分の慾情が猛烈でさえあればそれが万事であり、その星の強さが、世界を征服するといった具合になるのだと私は思っている。そしてそれが画家の本音でもあると考える。さて最後に鋭き表現力だ。
 殊に近代の画家は、先生のいわゆる師風を継承する必要もなく、狩野元信《かのうもとのぶ》の元の一字を頂戴《ちょうだい》する必要もない。師風である処の印象派を今日廃業したといって直ちに破門をされる心配もない。もし破門されれば速かに出て行けばそれでいい。
 主人ゆずりの娘を頂戴したくなければ嫌だといって差支《さしつか》えない時代である。他の世界はどうか知らないが絵画の世界ではそうである。万事が許されているのだ。芸術の世界には絶対の自由が許されているはずだ。
 従って、一度この国に住めば終生絵画の足は洗えない。カンヴァスの上だけの自由は普通人の夢にも与えられていない天地なのである。
 であるのに、人間は、永久に縛られていた
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