また大袈裟な玄関が気にかかります。また女中が眺めます、番頭が眺めます、男女の客が眺めます、気持ちは暗くなるばかりです。
天候のことも考えます。滞在一週間の予定が翌日から雨と来ます。もう仕事は出来ない上に、心労は増します。私は雨の日の旅館の退屈は思っても堪らないのです。立ってみたり坐ってみたり、寝てみたり起きてみたり、いらいらして来て終いには悲しくなって腹が立って来ます。すると隣近所の人情がますます気にかかり出します。
もう一刻も猶予がなりません、描きかけの絵はぬれたまま巻きこんでしまって、取り敢えず宿屋から逃げ出します。逃げ出してからでもまだ今支払った茶代は少しケチではなかったか位のいらぬ心配までが出て来ます。
また汽車に乗ります、走っている間窓からの眺めは素敵です、素敵な場所には汽車も止まらず、人家もなく宿もありません、再び目的地へ着くとそこは相変わらぬ停車場前の情景が展開されます。またかと思うともうたまらなく帰りたくなるのです。すなわち帰りの切符を買い求めてしまうことになるのですが、その時は肩の荷の軽さを覚える次第であります。
これが外国でありますと随分の気苦労も多いですが
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