選びたいのです、昔《むか》しのものは、殆《ほと》んど紙の如く薄いのを有《もち》いています、なかなか味のあるものです。私は便利の上から、写真の乾板の古いものを常に使用します。写真屋とか製版所へ行けば、いくらでも古いものを売ってくれます。
ガラス切り これも必要です、自分の描きたいと思う大きさに、ガラスを切断する必要があります、ガラスを切る事は、多少習練を要します、不用なガラスを何枚も切って見ると、コツ[#「コツ」に傍点]がわかるものです、ガラス切りの種類も、色々ありますが、やはり舶来の、本式の、金剛石がついていると称するものが一番いいでしょう。
パレット これは普通の油絵のパレットでよろしい、あるいはブリキ板を使ってもいいでしょう、最も注意を要する事はパレットの掃除です、ヴェルニや速乾が交じっている絵具をそのまま捨てて置くと、何んとしても取れなくなるし、次の調色の非常な邪魔を致します。
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(B) 粉末絵具使用の場合
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顔料 図案用粉末絵具を使用してもよいが色調が、どうも卑しくなりますから、日本画用の、胡粉《ごふん》、朱、白緑、白群青、群青、黄土《おうど》、代赭《たいしゃ》等を使用するのが、最もいいようです、右を充分|乳鉢《にゅうばち》で摺《す》って用います。(金銀泥箔の使用は、Aの場合と同様です)最も注意すべき事は、水分で練った絵具、例えば水彩絵具や津端絵具の類は、油に溶解しませんから、絶対に使えません、砂及び粉末に限ります。
油 砂絵具の時には、シケラックニスを主として使うのが便利です、極《ご》く少量の、アルコールを交ぜて使っても、サラサラとして描きやすいのです、絵具はガラス面で直ちに固定し、すぐ乾燥してしまいます。
この油を筆に沁《し》ませて、粉絵具を筆先きで少しずつ、パレットの上で溶解しながらガラスへ塗って行くのです、一時に多量溶解すると、すぐ固《かたま》ってしまって始末に困ります、金銀泥の使用も同様であります。
筆洗い やその他の事はAの場合と同じであります。
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四 ガラス絵製作の順序
先ず、一枚の風景画を作ろうとします、第一に必要なるは、早速モティフとして適当な場所を探しに出なくてはなりません、これは鉛筆のクレイオンとスケッチ帖《ちょう》と位いあればいいでしょう。
ガラス絵として、都合のいいモティフに出会ったとすると、それを充分正確に写生することです、そしてそれへ、覚えの色だけを塗って置くのです、色彩の記憶さえ確かなら、鉛筆の素描だけでもいいのですが、なるべく色彩も施して置く方が、絵の調子を破らず、楽《ら》くに仕上げる事が出来ます、手古摺《てこず》る事が少ないのです。
スケッチした素描淡彩を、家へ持ち帰えって、その上へ同じ大きさのガラスをのせ、決して位置がくるわないようにして、絵具を前記の油で溶解しながら、少しずつ塗って行くのであります。
ガラスは勿論《もちろん》、アルコールで充分美しく、掃除して置く必要があります。
ここで普通の絵とは違って、特別な考えが必要である事は、前にも述べました如く、絵の結果、即ち答えが、裏手へ現われるのですから、普通の絵の如く、幾度も色を重ねて、仕上げて行く事が出来ない事です、一度塗った色彩や線は、最後の一筆であり結果の色であります、それで、描くべき順序が、普通の絵とは全く反対になるわけです、例えば空全体を塗って置いて、あとから月を描こうとしても、それは駄目です、空の色に蔽《おお》われてしまって、月は画面へ決して現われないでしょう、即ち月は、何よりも真先きへ描いて置く必要があります、そして、あとから空全体を塗りつぶさなくてはならないのです、もしも雲があれば、雲も月と共に、先きへ描いて置かなくてはならないのです。
林檎《りんご》を描くとします、その光ったハイライトの部分は、先きに描いて置くのです、次に暗い影を描くのです、最後に赤い全体の球を塗りつぶすのであります。
滑稽《こっけい》な事には、自分の署名などは、左文字で一番最初に、記《しる》して置かねばならない事です。
それをうっかりして、先きへ描いて置くべきものを忘れてしまって、あとで弱る事があります、例えば裸体人物に、臍《へそ》を忘れて、腹全体を塗りつぶして、あとから表を返して見て驚く事があります。こんな時に、臍の部分だけ、あとから絵具を、アルコールで拭《ぬぐ》い取らなければなりません、地塗りとか空とかバックなどは、最後の仕事です、樹木などは、葉の一枚一枚の点々は先きに、葉の全体の固まりは、後から塗ります、道路の点景人物は先きに石ころも先きに、道全体の色は最後に塗りつぶさねばなりません。
時々裏返えして見て、仕上って行く絵
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