でしょう。
 ガラス絵として、都合のいいモティフに出会ったとすると、それを充分正確に写生することです、そしてそれへ、覚えの色だけを塗って置くのです、色彩の記憶さえ確かなら、鉛筆の素描だけでもいいのですが、なるべく色彩も施して置く方が、絵の調子を破らず、楽《ら》くに仕上げる事が出来ます、手古摺《てこず》る事が少ないのです。
 スケッチした素描淡彩を、家へ持ち帰えって、その上へ同じ大きさのガラスをのせ、決して位置がくるわないようにして、絵具を前記の油で溶解しながら、少しずつ塗って行くのであります。
 ガラスは勿論《もちろん》、アルコールで充分美しく、掃除して置く必要があります。
 ここで普通の絵とは違って、特別な考えが必要である事は、前にも述べました如く、絵の結果、即ち答えが、裏手へ現われるのですから、普通の絵の如く、幾度も色を重ねて、仕上げて行く事が出来ない事です、一度塗った色彩や線は、最後の一筆であり結果の色であります、それで、描くべき順序が、普通の絵とは全く反対になるわけです、例えば空全体を塗って置いて、あとから月を描こうとしても、それは駄目です、空の色に蔽《おお》われてしまって、月は画面へ決して現われないでしょう、即ち月は、何よりも真先きへ描いて置く必要があります、そして、あとから空全体を塗りつぶさなくてはならないのです、もしも雲があれば、雲も月と共に、先きへ描いて置かなくてはならないのです。
 林檎《りんご》を描くとします、その光ったハイライトの部分は、先きに描いて置くのです、次に暗い影を描くのです、最後に赤い全体の球を塗りつぶすのであります。
 滑稽《こっけい》な事には、自分の署名などは、左文字で一番最初に、記《しる》して置かねばならない事です。
 それをうっかりして、先きへ描いて置くべきものを忘れてしまって、あとで弱る事があります、例えば裸体人物に、臍《へそ》を忘れて、腹全体を塗りつぶして、あとから表を返して見て驚く事があります。こんな時に、臍の部分だけ、あとから絵具を、アルコールで拭《ぬぐ》い取らなければなりません、地塗りとか空とかバックなどは、最後の仕事です、樹木などは、葉の一枚一枚の点々は先きに、葉の全体の固まりは、後から塗ります、道路の点景人物は先きに石ころも先きに、道全体の色は最後に塗りつぶさねばなりません。
 時々裏返えして見て、仕上って行く絵
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