するのである。といって用もないのに船長の如く地球を走って見てもつまらないけれども、私は夏における汽船進行の形を見ると誘惑される事|甚《はなは》だしいものがある。せめて別府《べっぷ》行きの紅丸でもいいから、それに乗ってあのペンキの匂《にお》いを嗅《か》ぎ廻って見たいと思う。鼻から彼南《ペナン》、印度洋、マルセイユが蘇《よみがえ》ってくるのだ。
私が印度洋を知らなかった時、私の心配は印度洋と紅海《こうかい》のその暑さの度合だった。どれ位の暑さかという事を経験ある人たちに訊《たず》ねて見たが、各々人によって答が異っていた。とても君のからだではあの暑気に堪えられるかどうかという致命的な心配を与えて、私をおどかす者が多かった。ではこれ位ですかといって私は火鉢の火の上に手をかざして見たりもした。
でも、私が日本を出る時、私のスートケースの一個は全く浴衣《ゆかた》のねまき[#「ねまき」に傍点]と一|打《ダース》の猿股《さるまた》とシャツによって埋められていた。
それは私が暑さを厭うからでなく、汗を特別に嫌がるためだった。衣服と皮膚との間に一つの汗という汚水の層を持つ事は全く不愉快な事だ。浴衣の
前へ
次へ
全152ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小出 楢重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング