て正直に絵の形に直して皆さんへ伝える事に努力したいと思う。そして挿絵は挿絵として味《あじわ》い、小説は小説として味い得るようにしたいと考えている。要するに挿絵は小説の美しき伴奏であればいいと思う。なお新聞の紙面が、それあるがためにより美しく見え、小説が賑《にぎや》かに見え、小説のある事件が画家の説明によって読者の心を縛らないようにしたいと思っている。
 私の貧しい経験では、時代ものは相当の参考資料さえ整頓《せいとん》すれば絵を作る事は比較的容易であると思うが、現代ものになるとモチーフの万事が実在の誰れでもが知っている処のものであるから相当の写生が必要であり、同時に写生そのものは挿絵ではないので、それを絵に直す処に画家の興味があり、実在が挿絵と変じて現れるまでの段階と手数に、かなりの興味が持てるのである。
 そしてその画稿が紙面に現われた時の感じというものは、また別の趣きを現すものである。下絵の時に気附かなかった欠点が紙面に現れてから目立つ時もある。ちょっとした不満な点を見出《みいだ》すときその日一日私は不愉快である。
 しかしながら挿絵は普通の油絵の如く、一人一枚の所有では[#「では」は底本では「で」]なく、一枚が何万枚となり各人が悉《ことごと》く所有し得る事なども、挿絵の明るき近代的な面白さである。
 挿絵は、新聞の紙質や製版の種類についても考える必要があると思う。目下の、日本の新聞紙の紙質では、どうも網目版がうまく鮮明に現れにくい。絵を線描のみでなく淡墨《うすずみ》を以て調子づけたりする事も結構だが、どうも鮮明を欠く嫌いがある。最も朝刊の小説の方では挿絵の画面が三段位いを占領しているから相当がまん出来るが、夕刊の二段ではどうも網目版は見劣りがするし、上方の写真ニュースや広告と混同してしまって引立たない。
 それで、私は主として線のみを用いて凸版を利用し黒と白と線の効果を考えている。
 挿絵としては、詳細な写実を私はあまり好まないが、それは写実がいけないのでなく、下手な写実から起る処の不愉快な実感の現れを私は嫌がるのである。本当の意味の写実は最も必要で、その写実が含まれていない限り、人の想像を豊《ゆたか》にする事は出来ない。大体、従来の日本画風の挿絵家等の作品は共通して実感はあっても写実が足りないので何か頗《すこぶ》る薄弱な存在となってしまっているのを見る。その時に際し石井|鶴三《つるぞう》氏のものが大変よく見えたのは、彫刻家であるだけ、デッサンの正確さによって立体感までが現れてよき意味の写実によって絵が生きた事などが原因しているといっていいと私は思う。

 しかしながらまた、よほど以前の浮世絵師の手になる挿絵に私は全く感心する。人物の姿態のうまさ、実感でない処の形の正確さ、そして殊に感服するのは手や足のうまさである。昔の浮世絵師の随分つまらない画家の描いた絵草紙類においても、その画家の充分の努力を私は味《あじわ》い得るのである。そしてかなりの修業を積んでいると見えて、その形に無理がなく、そして最もむつかしい処の手足が最もうまく描きこなされている事である。
 手足のうまさの現れを私は昔の春画において最も味い得るものと思う。あれだけの構図と姿態と手足を描くにはちょっとした器用や間に合せの才能位いでは出来ないと思う。かなりの修業が積まれている。
 挿絵のみならず、油絵や日本画の大作を拝見する時、その手足を見ると、その画家の技量と修業の深浅を知る事が出来るとさえ私は思っている。かく雑然と書いていると長くなるので擱筆《かくひつ》する。
[#地から1字上げ](「アトリエ」昭和四年三月)

   二科会随想

 今年の二科は会場の都合であるいは関西における開会を断念せねばならぬかと思ったところ、幸いにして都合よく大阪で開くことを得るにいたったことは喜ばしい次第である。さて今年の二科ではとくに近代性、時代の尖端的、あるいは野獣的傾向を持つ作品等がかなり賑やかな世評を作ったことであった。
 また左様な作品が相当多く集まったことも事実である。しかしながらわれわれ幕の内から覗いているものにとっては、それら近代性や尖端的なものは二科としては今さらのものではなく、今年とくに力こぶを入れてみたわけでもなかったと思う。偶然世の中全般から集まった絵にそれらの傾向を多分に持ったものが多かったまでである。
 まったく最近の世相は行進曲の、テンポの、スピードの、ジャズの、脚線美の、メカニズムの、野獣的にまで進んだために、勢い一般の左様な傾向に即した絵画を多少増加したかも知れない。またしかし私は世間そのものが、何かかようなものに対して食慾を感じ、それらの傾向あるものに対して同性愛を感じ出したのではあるまいかと思う。
 要するに、左様な絵がよくわかるようにまで世間
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