葉の上に、雑草の間に威張っている。
 冬の最中に春の草が地中に頭を揃え、真夏の問屋は冬帽を整え、秋の展覧会への主要な作品は二月のころに私の画室で組み立てられる。
 柿の実は青葉の懐に護られつつふくらんでいる。栗、メロン、いちじく、葡萄、その他新秋の百果は夏の青葉の陰に隠されつつ成人し熟して行く。それこそは次第に冬へ去って行く太陽が淋しき地上への贈物であるかも知れない。われわれはその中元御祝儀を遠慮なく頂戴して、そのお汁を充分に吸いましょう。
[#地から1字上げ](「大阪毎日新聞」昭和五月[#「五月」はママ])

   新秋雑想

 立秋という日が過ぎて、どれだけ私のパレットの色数に変化を来《きた》したか、それはまだはっきりとは現れない。ただ天地の間に何物かが一つ足りなくなって行く空白を、私の全身が感じるだけである。時に、甚だ冷たい風が心もち赤味を帯びた夕方の太陽の光に交って、木の下草の蔭へ吹きよせるだけである。すると、夏から用意されていた虫の子供が成人して、かすかなる音を立て初める位の変化を現す。私は深い秋より以上に、この新秋が来た天地の微《かす》かなる変化を愛する。
 だが、健康の人はこれに元気を回復し、やがて来るべき朝寒むへの用心のために脂肪を蓄積するであろう。しかし、われわれ骨人はその立秋の変化にあたりて下痢を催し、骨人は断然百パーセントの骨へ近づく。
 春の草は丈《た》け短く、地にがっしりと腰を据えたるが多く、花は紅を基調とする。夏草は中等に伸び上り、花は白が基調である。秋の草は蔓《つる》を延ばし、ひょろひょろと細く、どこまでも高く、骨人や幽霊の類に配しては、全く気の毒なほどよく似合う背景となり、萩《はぎ》、桔梗《ききょう》、すすき、女郎花《おみなえし》の類は怪談の装幀《そうてい》によろしく、その色彩もうす紫が地となっている。
『雨月《うげつ》物語』の中のいずれの章であったか、俺《お》れが今度旅から帰るのは葛《くず》の葉の裏が白く風に翻《ひるがえ》るころだろうといった意味の文章があった。葛の葉の裏の白さは初秋の空白を示している。私の画室の近くは、今この葛の葉で全く蔽《おお》われている。
 去年の初秋のころ、私の家には「銀」と呼ぶ白猫がいた。その眼は金色で、尾は狐の如く太く地に曳《ひ》いていた。全身は綿の如く白く柔軟だった。毎朝、彼女は犬の如く私に従って松原を
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