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十二月五日 晩十一時半
今ズボンをたたんでいて、一寸考えた事であるが、日本を出る時にセンベツにもらった品物の中で、何が一番重宝で役に立っているかと云うと、おとよはんとこのお師匠はんに貰ったズボンツリだ。あんないいものはフランスにも無い。今度会うたらお礼申しといてくれ。毎日つかわぬ日は無い。
それからお玉はんにもらったものも記憶しているが、氷砂糖だ。毎晩湯をわかしてのむ時に、あれを一つ入れてのむ。正宗、岡田なぞ近所から毎晩のみにやってくるんだよ。全く、何が重宝だか、来て見んとわからんもんや。氷砂糖なぞは印度洋ですててしまうつもりだったが、中々御恩に預かっている次第だよ。
一番弱ったのは、ケーキだ。船の中ではケーキなぞに不自由しないので、スッカリ忘れてしまって、印度洋で思い出してあけて見たら一寸程カビが生えて、のび上っていたよ。まっくろけだ。印度洋へ水葬にしてやった。
十二月十六日
今晩、手紙(おかアさんと吉延さんとから)を落手。何しろ、二ヶ月以前に僕がかいた手紙の返事を、今見る事であるから、ずい分ヒマのかかる仕事だ。頭をなぐられてから二ヶ月目に痛いと感じる様なもので、ずい分頼りない話しだ。此の頃は巴里もおいおいと、ま冬の最も日の短い最中であるので、朝は八時に夜があけて、晩は四時で日がトップリ暮れてしまう。電灯は一日つけ切りと云う様なもので、かどが暗くて、朝の十時頃に電気がついていると、一寸日本のお正月の元日の朝の様な心もちがする。冬の巴里も中々味があるもんだ。此の頃はもう、巴里にもなれ切ったので、次に来た人の案内をやっている位だ。巴里という所は、絵の勉強でもしようと思うと、一向につまらない処だが、お金をどっさり持って、買物でもしたり、ぜい沢していれば、それこそ何年居ってもあきないかもしれん。
此の間から、もう南フランスの方へ行くので、その準備をしたりしていたが、さて巴里を去るとなると、中々、巴里もすみなれて見るとなつかしいもんで、一日一日とのびて行く。毎日買物をしているが、とても、いいものは高くて買えない。すきな古道具の面白いのや、キレ類のキレイなのがどっさりあるが高い。安いので、面白いのをチョイチョイ探し出すのに興味がある。毎日此の頃は、正宗氏と一ショに道具屋あさりをやっている。もう荷物がフエたので、又大形のトランクを一つ
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