は靴を取りかえ、軌道を変更し、乗物から乗物と飛びあるきつつ悩むもの、あるいは掘りかえし掘りかえすもの、あるいは若さに躍り上がるもの、尖端を行くもの、くたびれるもの、あるいは自転車のお稽古最中にして時に転倒するもの等、皆独自の仕事と芸術へ生命をかけての悩みをやっている。同時にそれらの大部分はこの辛き世に一家世帯を背負った上の行進であり悩みである。
まったく芸術の展覧会の観賞は華やかの如くであるが、あのトワールの裏を覗くと、古きも新しきも若きも老いもみな、頼まれもしない苦労を死ぬまで続けているところの、それらの画家の顔が潜んでいることである点、多少とも松茸狩や秋の行楽に比して鬱陶しいことであるかも知れない。
さて今年は会員、会友、および一般出品者達の多くの力作によって壁面は埋められたがそれらの絵画彫刻の全部の数をそのまま大阪へ持参することは、会場の狭さが許さないため止むなくかなりの数を減じてしまったが、しかしその代表的作品は決して洩らしはしなかったから、あるいはかえってゆったりと並べることが出来、要所を観賞し得る便宜があることかとも思う。
何しろ最近はその出品数の増加とともに、小品の陶酔に飽き足らず、大いに画業の本格を究めようとする風潮も若き人達の間に現れ、勢い大作に向かって画家を動かしつつあるために画面の拡大され来たったことも目立つところのことである。
それから今年は有島生馬氏の滞欧作品と津田青楓氏の特別出品があり、その他川口軌外、福沢一郎両氏等の近代フランスの尖端的影響に動きつつある人達の特別出品があり、これなどは若き人達へ相当の刺激を与えるものであるかも知れないと思う。
[#地から1字上げ](「大阪朝日新聞」昭和四年十一月)
欧洲からの手紙
――愛妻重子へあてて――
一九二一年八月七日 支那上海に於て
門司を出て、お母さんや福本さんやと別れてから、大分に船のキソクや時間のウルササになれ、手紙をかく余裕も出来て来た。
昨夜は九州の五島列島の灯を左舷に見た。日本の最南端の灯台が明滅しているのが一寸心細いような、愉快な心地がした。海は静かだ。二等のスモーキングルームで林君や、硲、長島君などと夜更けまでしゃべって、一寸湯に入って寝た。よく寝た、由利さんから出発の際何かくれた品ものがある。何んだかわからなかったが、寝ていると、その品物の中か
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