私も現代から遠ざかって、うるさい老人の一人として淋しくそれらを眺めあるいは何かケチをつけたがることかも知れません。
 十幾年以前、私が美術学校時代に使っていたモデルと今日のモデルとを比べて見ましてもまったく驚くべきちがいがあります。昔のモデルは高島田の頭や島田髷さえありました。モデル台に立つと胸は水落ちのところをへこませて、帯の下は常に血のめぐり悪しく茶褐色の暗さがあり、下腹が妙に飛び出し足は曲がっていました。それはむしろエロチックな浮世絵から抜け出たばかりの姿において立っていました。ただ今ではとくに好んで描いてみたいという特別な興味を有する画家は芸妓か京の舞子達の中にそれらの美を求めなければなりませんでしょう。しかしながら毎日強そうな元気な近頃のモデルを眺めていますものは、道頓堀あたりで舞子がまだ若いのに青い静脈を額に現して、牡丹燈籠から現れたような瓜ざね顔で歩いているのを見ますと、何か不気味の感にさえ打たれることがあります。

 とにかく現代の美人の焦点をなすところの若い女達は、相当の度合いにまで心も身も成長し、伸び上がりつつありますことは悦ばしい明るさであります。これでなければまったくもって一九三〇年の海は泳げません。
 しかしながら彼女らの新鮮なる裸身はこんとんとして残る古切れ類やわけのわからない軽便服や、夏だけのアッパッパ、冬のマガレットオーバー等によっておかしくも包まれつつ何がな火事場を走っているようでありますが、これもやがて次に来る新鮮なる彼女達の感覚によってもっと合理的で経済で美しいいでたちとなって、近代都市風景のもっともよき点景となるであろうことを私は信じます。

   画室の閑談

     A

 京都、島原《しまばら》に花魁《おいらん》がようやく余命を保っている。やがて島原が取払われたら花魁はミュゼーのガラス箱へ収められてしまわなければならぬ。しかし、花魁は亡《ほろ》んでも女は決して亡びないから安心は安心だ。
 芸妓《げいぎ》、日本画、浄るり、新内《しんない》、といった風のものも政府の力で保護しない限り完全に衰微してしまう運命にありそうな気がする。
 油絵という芸術様式も、これから先き、どれ位の年月の間、われわれの世界に存在出来るものかという事々を考えて見る事がある。如何に高等にして上品な芸術であっても人間の本当の要求のなくなったものは何によ
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