、どうせ心がいびつになっていましたからねと、口でこそはいわないが、よろしく推察してしまう。
 それは自転車が衝突して二人とも転んだ時の如く、勝手に起き上がって埃をはたいてちょっと目礼してさっさと走って行くようなものだと考える。
 だから大体、西洋からの新帰朝者の感想や言葉などいうものほど信用のならないものはないと私は思う。皆いろいろのつきものや昂奮の飛沫を喋ることも多いのである。まず一、二年間は静養させてやる必要があるかも知れない。私なども日本へ帰ってからだんだんと西洋の味がわかって来たように思えてならない。
 私が今度、再び渡欧出来る機会があったとしたら、その時こそはまったくの正気でゆっくりと長閑に味わいたいものだと考えるが、これには確信が持てないようだ。私はちょっとした旅をしても、落着いた心で制作することさえ出来ない性質であるから、またすぐさま天狗につままれてしまうかも知れない。怖るべきは天狗の仕業である。
 だが、時々人間は何かにつままれたくなるものだ。つままれたる[#「たる」は底本では「た」]昂奮状態というものはかなり淋しくない、いい気持でもあるのだ。
 私は近頃何かにつままれてみたくて困っている。

     6
 トランクから妙に西洋の話になってしまったからついでにもう一つ書いてしまう。
 私はある冬、ベルリンに一カ月あまり滞在していたことがあった。その時はちょうど戦後で、マルクが非常に下がり始めた頃だった。日本人は妙な運勢から皆大変な金持になったのだ。そこへまぎれ込んだ私達貧乏書生も、ちょっとした金持にはなれたのだ。たちまちあさましく[#「あさましく」は底本では「あさしく」]も友人H君とともに洋服を作ろうではないかと考えた。
 下宿の娘がそれではといって私達を懇意な洋服屋へ案内してくれた。洋服屋はモッツストラッセにあった。
 約束の二週間の後、私はその洋服を受取りに一人で出かけたものだが、ところがどうしてもモッツストラッセへ出られないのだ。私はくたびれてしまって辻馬車を呼んだ。そしてモッツストラッセ55と命じた。馭者はヤアヤアと合点して動き出し道を向かい側へ横切ったかと思うと急に馬車は止まってしまった。馭者がここだここだというので、よく見るとなるほど、そこに洋服屋があった。壁にモッツストラッセ55と書いてあった。ガラス戸の中にはおやじの白い頭も輝いてい
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