人であった。当人の語った話というのはこうである、――
この商人がある晩おそく紀国坂を急いで登って行くと、ただひとり濠《ほり》の縁《ふち》に踞《かが》んで、ひどく泣いている女を見た。身を投げるのではないかと心配して、商人は足をとどめ、自分の力に及ぶだけの助力、もしくは慰藉を与えようとした。女は華奢な上品な人らしく、服装《みなり》も綺麗であったし、それから髪は良家の若い娘のそれのように結ばれていた。――『お女中』と商人は女に近寄って声をかけた――『お女中、そんなにお泣きなさるな!……何がお困りなのか、私に仰しゃい。その上でお助けをする道があれば、喜んでお助け申しましょう』(実際、男は自分の云った通りの事をする積りであった。何となれば、この人は非常に深切な人であったから。)しかし女は泣き続けていた――その長い一方の袖を以て商人に顔を隠して。『お女中』と出来る限りやさしく商人は再び云った――『どうぞ、どうぞ、私の言葉を聴いて下さい!……ここは夜若い御婦人などの居るべき場処ではありません! 御頼み申すから、お泣きなさるな!――どうしたら少しでも、お助けをする事が出来るのか、それを云って下さい!
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