していたものはこれかな?』と和尚は訊ねた。女の影は和尚の方に向った――その力のない凝視は手紙の上に据えられていた。『拙僧がそれを焼き棄てて進ぜようか?』と和尚は訊ねた。お園の姿は和尚の前に頭を下げた。『今朝すぐに寺で焼き棄て、私の外、誰れにもそれを読ませまい』と和尚は約束した。姿は微笑して消えてしまった。
和尚が梯子段を降りて来た時、夜は明けかけており、一家の人々は心配して下で待っていた。『御心配なさるな、もう二度と影は顕れぬから』と和尚は一同に向って云った。果してお園の影は遂に顕れなかった。
手紙は焼き棄てられた。それはお園が京都で修業していた時に貰った艶書であった。しかしその内に書いてあった事を知っているものは和尚ばかりであって、秘密は和尚と共に葬られてしまった。
底本:「小泉八雲全集第八卷家庭版」第一書房
1937(昭和12)年1月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「恰も→あたかも 何時→いつ 於ける→おける かも知れない→かもしれな
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