《むねもり》の首は梟《きゅう》せられよ。維盛《これもり》は刃《やいば》にたおれよ。わしは清盛の女《むすめ》の胎《はら》を呪うたぞ。その胎よりいずるものは水におぼれよ。平家に禍《わざわい》あれ。禍あれ。平家の運命に火を積むぞ。平家の氏に呪いをおくぞ。たねのたね、すえのすえまで呪うたぞ。清盛よ、汝を地獄に伴いゆくぞ。(月雲を離れ俊寛の顔を照らす。月をにらんで)汝、僭冒《せんぼう》者よ。天の座よりおちおれい。(天に向かって唾《つば》を吐く。風のため唾ことごとく俊寛の顔にかかる。俊寛狂うがごとく)悪鬼よ。羅刹よ。妖魔よ。来たってわがまわりにつどえ。すべて汝らの族《やから》に属するものことごとく来たってわが呪いに名を署《しょ》せよ。わしは今わしの魂魄《こんぱく》を永劫《えいごう》に汝らの手に渡すぞ。おゝ清盛よ。奈落《ならく》の底で待っているぞ。(岩かどに頭を打ちつける。倒れる)
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間。
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有王 (登場)ご主人様。(うろうろ捜す)あゝどこにゆかれたか。あゝわかっている。わかっている。何をあなたが思いつかれたか! あゝ恐ろしい。ご主人様。(砂の上に血の痕《あと》を見つける)おゝ。(血の痕をたどり、岩の上によじ、俊寛の死骸《しがい》を見つける)おゝご主人様。(俊寛を抱《だ》き起こす。すでに絶息《ぜっそく》しおるを知る。地に倒れる。やがて起き上がり俊寛を抱きしめる。慟哭《どうこく》す。沈黙。やがて俊寛の死骸を抱きつつ)あゝ、いたわしいご主人様。苦しい苦しいご生涯《しょうがい》でございました。なにゆえにあなたはこれほどの苛責《かしゃく》をお受けにならなければならなかったのか。それは私にもわかりません。あゝしかしあなたの悪夢のような、ご生涯《しょうがい》は終わりました。静かな平和な来世《らいせ》があなたを待っているように! (つくづくと俊寛の顔を見る)何という恐ろしい死に顔だろう。あゝご主人様、あなたは呪《のろ》うて死なれましたか。天を恨《うら》み、世を憎《にく》み、敵を呪うて、恐ろしい、恐ろしい考えを死ぬる際《きわ》まで持ちつづけて! あゝあなたの未来が恐ろしい。あゝ私がこの十年の間見てきたことは実に恐ろしい人生の相《すがた》であった。(沈黙。やがて決心したるごとく立ち上がる。死骸に向けて)有王はどこまでもどこまでもお伴いたしますぞ。(俊寛の死骸を負う)あゝ仏様。私はこの世をいといまする。この恐ろしい世界から一時も早くのがれとうございます。私は主人とともに死にまする。私は何もわかりません。私の今することがたとえ間違っていようとも、なにとぞゆるしてくださいませ。あゝ主人の来世をお救《すく》いくださいませ。主人の霊を地獄《じごく》より救い出してとこしえの平和を恵みたまえ。(死に場所を選びつつ)今私の霊をあなたの御手《みて》に託《たく》しまする。(俊寛の死骸を負いたるまま岩の上より海に身を投げる)
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あらしの音。波の音。月光ほしいままに浜辺《はまべ》を照らす。
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[#地から3字上げ]――幕――
底本:「出家とその弟子 他一編」旺文社文庫、旺文社
1965(昭和40)年12月10日初版発行
1974(昭和49)年第25刷発行
初出:「新小説」
1919(大正8)年12月
入力:藤原隆行
校正:川山隆
2006年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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