《かなえ》のまわりをまわりました。まるで夢中で、つかれたもののように、しつこくしつこく繰《く》り返して。
成経 父はむろんその場にいなかったのでしょうね。ただ命じてやらせたのでしょうね。
俊寛 いや。成親殿《なりちかどの》は夜陰《やいん》にまぎれて毎夜賀茂の森まで通いました。大杉の洞《ほら》の下の壇の前にぴたりとすわっていました。顔はまっさおでしかも燃えるような目で僧らの所業《しょぎょう》を見ていました。
成経 わしの知らぬ間《ま》にそんな恐ろしいことが人知れずなされたとは!
俊寛 それを秘密にするために彼は恐ろしいことをしました。わしはそれを一生懸命とめたのだが。※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]幾爾《だきに》の密法は容易ならざる呪詛《じゅそ》であって、もし神々がそれを受けない時には還着於本人《げんちゃくおほんにん》と言って詛《のろ》ったものに呪詛がかえるのだからといって。
康頼 あゝ、よしてください。この上もはや成経殿を――
成経 言ってください。早く言ってください。
俊寛 満願《まんがん》の夜成親殿は秘密の露顕《ろけん》することを恐れて七人の僧侶を殺して、その死骸《しがい》を地の中に埋めました。
成経 おゝ。(石のごとくかたくなる)
俊寛 それからは彼の企てることは恐ろしいことばかりになった。宗盛は死ななかった。そして平家の一門がますます栄えるにつれて、彼の怨恨《えんこん》はいよいよつのるばかりだった。彼はいかにして平家を転覆《てんぷく》して恨《うら》みを復讐《ふくしゅう》すべきかをばかり考えるらしかった。彼はまるで怨恨の権化《ごんげ》のようにわしには見えた。
成経 あゝ悪魔が父を魅《み》入ったのか。
俊寛 (ふるえる)あゝ今恐ろしい考えがわしの心に起こった。まるで陰府《よみ》からわき上がりでもしたように。
康頼 (堪《た》えかねたるごとく制するごとき手つきをしつつ)俊寛殿。俊寛殿。
俊寛 (つかれたもののごとく)怨霊《おんりょう》だ。怨霊だ。
康頼 成経殿の心臓の止まらないために!
俊寛 わしはこの思いつきにふるえる。信頼《のぶより》の怨霊が成親殿《なりちかどの》にのりうつったのだ。あの平治《へいじ》の乱に清盛《きよもり》に惨殺《ざんさつ》された信頼の怨霊が。
成経 あゝ呪《のろ》われたる父よ。(よろめく)
俊寛 保元《ほうげん》の乱に頼長《よりなが
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