はうなされて目がさめたのだ。
お兼 なんて変な恐ろしい夢でしょうねえ。(身ぶるいする)
左衛門 その前世の悪事の光景を思い出した時の恐ろしさ。気味の悪いほどはっきりしているのだからね。あゝ地獄だという気がしたよ。今でも思い出すと魂の底が寒いような気がする。(青い顔をしている)
お兼 今夜はなんだか変な気がしますね。私も寝床にはいってから少しも眠られないので、いろいろな事が考えられてならなかったのですの。実は私のなくなったおかあさんの事を思い出しましてね。変な事をいうようですけれどもね。私はなんだか宵《よい》のあの出家様が私のおかあさんの生まれかわりのような気がするのですよ。
左衛門 なにをばかな。そんな事があるものか。
お兼 おかあさんはあんなに信心深かったでしょう。そして死ぬる前ころ私に「私は今度はどうせ助かるまい。私が死んだら坊様に生まれかわって来る。よく覚えておおきよ。門口に巡礼して来るからね」って言いました。それを真顔でね。それからというものは私は巡礼の僧だけは粗末にする気になれないのですよ。その事を思い出しますのでね。
松若 (目をさます)もう起きるのかい。
お兼 いいえ。夜中だよ。寒いから寝ておいで。(蒲団《ふとん》をかけてやる)
松若 そうかい。(また寝入る)
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二人沈黙。外を風の音が過ぎる。
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左衛門 宵《よい》の出家の衆はどうしただろうね。
お兼 雪の中を迷っているでしょうよ。
左衛門 わしは気になってね。酒に酔っていたものだからね。すこしひどすぎた。(考えている)
お兼 あなた坊さまを杖《つえ》でぶちましたね。
左衛門 悪い事をした。
お兼 私がはたで見ていても宵のあなたのやり口は立派とは思えませんでしたよ。乱暴なだけではありませんでしたからね。あなたのいつもはきらう、皮肉やら、あてつけやら、ひねくれた冷たい態度でしたからね。
左衛門 わしもそう思うのだ。宵にはどうも気が変になって来ていたからね。
お兼 それにあの坊さんはよさそうな人でしたよ。少しも気取ったところなどなくて、謙遜《けんそん》な態度でしたからね。私は好きでしたから、泊めてあげたかったのですのに、あなたはまるで聞きわけが無いのですもの。
左衛門 少し変わった坊様のようだったね。
お兼 少しも悪
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