す。わたしゆえに他人がふしあわせになりました。わたしは自分の存在を呪《のろ》います。
親鸞 おゝおそろしい。われとわが身を呪うとは、お前自らを祝しておくれ。悪魔が悪いのだ。お前は仏様の姿に似せてつくられた仏の子じゃ。
善鸞 もったいない。わたしは多くの罪をかさねました。
親鸞 その罪は億劫《おっこう》の昔|阿弥陀《あみだ》様が先に償うてくだされた……ゆるされているのじゃ、ゆるされているのじゃ。(声細くなりとぎれる。侍医|眉《まゆ》をひそめる)わしはもうこの世を去る……(細けれどしっかりと)お前は仏様を信じるか。
善鸞 …………
親鸞 お慈悲を拒んでくれるな。信じると言ってくれ……わしの魂が天に返る日に安心をあたえてくれ……
善鸞 (魂の苦悶《くもん》のためにまっさおになる)
親鸞 ただ受け取りさえすればよいのじゃ。
[#ここから5字下げ]
一座緊張する。勝信は顔青ざめ、目を火のごとくにして善鸞を見ている。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
善鸞 (くちびるの筋が苦しげに痙攣《けいれん》する。何か言いかけてためらう。ついに絶望的に)わたしの浅ましさ……わかりません……きめられません。(前に伏す。勝信の顔ま白になる)
親鸞 おゝ。(目をつむる)
[#ここから5字下げ]
一座動揺する。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
侍医 どなた様も、今が御臨終でございますぞ。
[#ここから5字下げ]
深い、内面の動揺その極に達する。されど森《しん》として声を立つるものなし。弟子衆《でししゅう》枕《まくら》もとに寄る。代わる代わる親鸞のくちびるをしめす。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
親鸞 (かすかにくちびるを動かす。苦悶《くもん》の表情顔に表わる。やがてその表情は次第に穏やかになり、ついにひとつの静かなる、恵まれたるもののみの持つ平和なる表情にかわる。小さけれどたしかなる声にて)それでよいのじゃ。みな助かっているのじゃ……善《よ》い、調和した世界じゃ。(この世ならぬ美しさ顔に輝きわたる)おゝ平和! もっとも遠い、もっとも内の。なむあみだぶつ。
侍医 もはやこときれあそばしました。
[#ここから5字下げ]
尊き感動。一座水を打ちたるごとく静かになる。一同合掌す。南無阿弥
前へ 次へ
全138ページ中137ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング