。お前が陰気な話ばかりするものだから。もっと酔わなくては。(酒を杯に二、三杯続けて飲む)
お兼 そんな無茶に飲むのはおよしなさいな。(左衛門を心配そうに見つつちょっと沈黙)私はほんとに心細くなるわ。(戸の外をあらしの音が過ぎる)ひどい吹雪《ふぶき》ですねえ。
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左衛門は手酌《てじゃく》でチビリチビリ飲んでいる。お兼は黙って考えている。松若は本を見ている。親鸞、慈円、良寛、舞台の右手より登場。墨染めの衣に、笈《おい》を負い草鞋《わらじ》をはき、杖《つえ》をついている。笠《かさ》の上には雪が積もっている。
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慈円 たいへんな吹雪になりましたな。
良寛 だんだんひどくなるようでございます。
慈円 お師匠様。あなたはたいそうお疲れのように見えますな。
良寛 おん衣の袖《そで》はしみて氷のように冷とうなりました。
親鸞 もう日も暮れてだいぶになるな。
慈円 雪で道もふさがってしまいました。
良寛 私はもう歩く力がございません。
親鸞 ではこのあたりで泊めてもらおうかな。
慈円 この家で一夜の宿を乞《こ》うてみましょう。
良寛 ほかの家も見あたりませんね。(戸口に行き戸をたたく)もし、もし。
松若 (耳を澄ます)とうさん。だれか戸をたたくよ。
お兼 風の音だろう。
左衛門 この吹雪に外に出るものは無いからな。
松若 いんや。確かにだれか戸をたたいてるよ。
良寛 (戸を強くたたく)もしもし。お願い申します。お願い申します。
お兼 (耳を澄ます)ほんとに戸をたたいてるね。だれか人声がするようだ。(庭におり戸を開く)どなた様で?(三人の僧を見る)何か御用でございますか。
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松若母の後ろより好奇心でながめて立っている。
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良寛 旅の僧でございますが、この吹雪《ふぶき》で難儀いたしております、誠に恐れ入りますが、一夜の宿をお願いいたす事はできますまいか。
お兼 それはお困りでございましょう、もう十丁ほどおいでなされば宿屋がございます。
慈円 あの私たちは托鉢《たくはつ》いたして歩きますものでお金《あし》を持っておりませんので。
良寛 どのような所でもただ眠ることさえできればよろしいのでございますが。
お兼 
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