うだ。
勝信 え。そんなことはありますまい。(自分の考えを信じようとするように努力しつつ)お話などおきげんよくあそばすのですもの。
唯円 それが前ぶれなのだそうだ。消えかかる灯火がちょっと明るくなるようにな。もうお脈搏《みゃくはく》がおりおりとぎれるのだそうだ。いつ落ち入りあそばすかも知れない。無病で高齢のかたの御最後は皆そのようなふうのものだから、たのみにはならないとおっしゃった。もうあきらめて、ひたすら、思い残しのない御臨終を……
勝信 おゝ、私に代わられるものなら!
唯円 私もいく度そう思ったろう。だがそれもかいないことだ。お師匠様はもうとくに御覚悟あそばしていらっしゃる。もう仏さまに召されるのだとおっしゃってな。
勝信 ほんにこのごろはお話もことに細々として来たようでございます。そして御臨終の事が気になっていらっしゃるようでございますよ。きのうも私にあの上品往生《じょうぼんおうじょう》の発願文《ほつがんもん》を読んでくれとおっしゃいましてね。
唯円 この上はせめてやすらかな御臨終をいのりたてまつるほかはあるまい。(考える)
勝信 唯円様。私はいつも気になっているのでございますがね。
唯円 善鸞様のことだろう。
勝信 えゝ。(涙ぐむ)御臨終には必ずお目におかかりあそばさなくては。呪《のろ》いを解かずにこの世を去られては。
唯円 その事を私も心配しているのだよ。御不例の初めのころ、今度はどうも御回復のほどもおぼつかなく思われたので、弟子衆《でししゅう》が相談してね。知応《ちおう》殿が善鸞殿をお召しあそばすようにお勧め申したのだがね。あの子憎しとて隔てているのでもないものを。由ない事を言い出して、私を苦しめてくれなとおっしゃって、御不興げに見受けたので、それからはだれもそのことを言い出すものがないのだよ。
勝信 でも今度ばかりはぜひ御面会あそばさなくては。もう二度と……私はたまりません。あとで善鸞様がどのようにお嘆きあそばすでしょう。
唯円 急ぎ御上洛《ごじょうらく》あそばすよう稲田《いなだ》へ使いを立てておいた。もう御到着あそばすはずになっている。もう重《おも》なお弟子《でし》たちには皆通知してあるのだ。
勝信 早く申し上げなくては。もしかのことがあったらとり返しがつきません。あなたのほかに申しあげるかたはありますまい。
唯円 けさのうちに私が誠心こめて願ってみ
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