とは考えたくないのだ。善い人間ならなぜ乞食《こじき》をしないのだ。いやなぜ死なないのだ。皆うその皮だよ。わしの言う事がわからないかい。(だんだん興奮する)
お兼 あなたの心持ちはわかりますけれどね。
左衛門 わしは気が弱くていけないのだ。こっちに来てからだんだん貧乏になったのもそのためだよ。様子を知らぬ武士の果てと見て取って、損と知れている商売をつかませたり、田地をせばったり、貸した金は返りはしないし。今にいやいやで乞食にならねばならなくなるよ。いやないやなやつの門口に哀れみを乞《こ》うて親子三人立たねばならなくなるよ。わしはお前や松若がかわいいでな。今のうちにしっかりしなくては末が知れている。なにしろ気が弱くてはだめだよ。(酒をがぶがぶ飲む)
お兼 (心配そうに)もうおよしなさいな、お酒は。あなたはだんだん気が荒くおなりなさるのね。私はほんとうに心配しますわ。それに近所の評判も悪いのですもの。きょうもね。(声を落として)松若から聞くと、吉也《きちや》がほかの子供をけしかけて松若をいじめるのですって。それがあなた、皆あなたの気荒いせいからなのですよ。
左衛門 なんだってわしのせいだというのだい。
お兼 松若のおとうさんは殺生《せっしょう》をしたり百姓をいじめる悪いやつだっていうのですよ。宅《うち》のおとうさんをいじめるから、お前をおれがいじめてやると言って雪をぶっかけたり、道ばたから押し落としたりするそうですよ。
左衛門 そんな事をするかい。悪いやつだ。お師匠様に言いつけてやれ。
お兼 そうすると帰り道によけいにひどい目に会わせるそうですよ。
左衛門 (怒る)吉也《きちや》の悪《わる》め。よし、そんな事をするならおれに考えがある。あすにも吉助《きちすけ》の宅に行ってウンという目にあわせてやる。
お兼 そのような手荒な事をしたのではかえって松若のためにもなりませんわ。それよりもあなたがもっと気を静めて百姓などをいたわってやってくださればよいのですわ。無理をしないであなたの生まれつきの性質のとおりにしてくださればよいのではありませんか。
左衛門 それでは見る見る家がつぶれるよ。こっちが優しく出れば、向こうも、正直に応じるというように世の中の人間はできていないのだ。あくまで優しく出る気ならさっきも言ったようにいやなやつの門口に立つ覚悟でなくてはできないのだ。お前にその覚悟
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