いますが。
唯円 …………
僧三 きょうはどちらへお越しなされました。
唯円 木屋町のほうまで。おそくなりまして。
僧一 木屋町のどこに?
唯円 …………
僧二 お勤めを怠りなさるのももうたびたびの事でございます。
唯円 相すみません。(涙ぐむ)
僧三 気をつけてもらわなくては困ります。
僧一 まだお若いとは申しながら。…………
僧二 いや、若い時こそ精進《しょうじん》の心がさかんでなくてはなりません。私たちの若い時には、皆一生懸命に修業したものでしたよ。朝は日の出ぬ前に起きて、朝飯までには静座をして心を練りました。夜はおそくまで経を学んで、有明《ありあけ》の月の出るのを知らなかった事もありました。お勤めを怠るというような怠慢な事は思いも寄らぬ事でしたよ。
僧三 なにしろ今時の若いお弟子《でし》たちとは心がけが違っていましたからね。このように懈怠《けたい》の風《ふう》の起こるのは実に嘆かわしいことと思います。身に緇衣《しえ》をまとうものが女の事を――あゝ私はとうとう言ってしまいました。
僧一 いや言うべき事は言わなくてはなりません。きょうまでは黙っていましたけれど、いつまでもほっておいては唯円殿のおためでありません。だいいち法の汚れになります。(声を強くする)唯円殿、あなたはきょう木屋町の松《まつ》の家《や》にいらしたのでしょう。
僧二 そしてかえでとやら申す遊《あそ》び女《め》のところに。
唯円 …………
僧三 何もかもわかっているのです。六角堂に参詣するとか、黒谷《くろだに》様に墓参のためとか言って、しげしげと外出《そとで》あそばしたのは皆その女と逢引《あいびき》するためだったのでしょう。
唯円 すみません。すみません。
僧二 私はとくからあなたのそぶりを怪しいと思っていたのです。いや、今はもうお弟子衆《でししゅう》でそれに気のつかぬものはありません。三人集まればあなたの事を話しています。
僧三 若いお弟子たちはうらやましがりますからな。私たちみたような年寄りはよろしいけれど。このあいだも控えの間を通っていたら、ふと耳にしたのですが、唯円殿はお師匠様の(変に力を入れる)秘蔵弟子で、美しい女には思われるし、果報者だと申していました。
僧二 (からかうように)あなたの事を陰では墨染めの少将と申しています。
唯円 (くちびるをかむ)おなぶりあそばすのですか?
僧二 い
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