を泣く涙もかれて来た。訴える心もだんだん無くなって行く。なんの望みもない。と言って死ぬる事もできない。ただ習慣《しきたり》でなんの気乗りもなしにして来た事をつづけて行くだけだ。何が残っている、何が? ただ苦痛を忍び受ける心と、老いと死と、そしてそのさきは……あゝ何もわからない。あんまりさびしすぎる。(つきふす、泣く、間、顔をあげてあたりをぼんやり見まわす)たれかがたすけてくれそうなものだ。ほんとうにたれかが……
[#ここで字下げ終わり]
[#地から4字上げ]――幕――
[#改ページ]
第五幕
第一場
[#ここから3字下げ]
本堂
大きな円柱がたくさん立っている大広間。正面に仏壇。左右に古雅な絵模様ある襖《ふすま》。灯盞《とうさん》にお灯明が燃えている。回り廊下。庫裏《くり》と奥院とに通ず。横手の廊下に鐘が釣《つ》ってある。
[#ここから5字下げ]
人物 唯円《ゆいえん》 僧数人 小僧一人
時 晩《おそ》い春の夕方 第四幕より一月後
僧六人、仏壇の前に座して晩のお勤めの読経《どきょう》をしている。もはや終わりに近づいている。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
僧一同 (合唱)釈迦牟尼仏能為甚難希有之事《しゃかむにぶつのういじんなんけうしじ》。能於裟婆国土五濁悪世《のうおしゃばこくどごじょくあくせ》、劫濁見濁煩悩濁衆生濁命濁中得阿耨多羅三藐三菩提《こうじょくけんじょくぼんのうじょくしゅじょうじょくみょうじょくちゅうとくあのくたらさんみゃくさんぼだい》。為諸衆生説是一切世間難信之法《いしょしゅじょうせつぜいっさいせけんなんしんしほう》。舎利弗《しゃりほつ》。当知我於五濁悪世行此難事得阿耨多羅三藐三菩提為一切世間説之難信之法是為甚難仏説此経已舎利弗及諸比丘一切世間天人阿修羅等聞仏所説歓喜信受作礼而去《とうちがおごじょくあくせいぎょうしなんじとくあのくたらさんみゃくさんぼだいいいっさいせけんせつしなんしんしほうぜいじんなんぶつせつしきょういしゃりほつぎゅうしょびくいっさいせけんてんにんあしゅらとうもんぶつしょせつかんぎしんじゅさらいにこ》。(鐘)仏説阿弥陀経《ぶつせつあみだきょう》。(鐘)
僧一 なむあみだぶつ。
僧一同 なむあみだぶつ。なむあみだぶつ。なむあみだぶつ。
[#ここから5字下げ]
この合唱たびた
前へ
次へ
全138ページ中98ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング