しかって。(ほほえむ)
かえで それはねえ。だけど私たちは悲しいほうが多いのよ。そして泣いたわ。
浅香 どうして?
かえで 二人いるとひとりでに悲しくなるのよ。それにあのかたはどうかするとすぐに涙ぐみなさるのですもの。
浅香 優しいんですからね。あなたがたは会うとどのような話をするの。(ほほえむ)
かえで (うれしそうに)それはいろいろの事を話しますわ。会いたかった事や手紙の事や、身の上話や、それから行く先々の事や――
浅香 (まじめに)行く先々どうすると言って。
かえで いっしょになるといって。(口早に)私はすまないというのよ。私はこのような身分ですから捨ててくださいというのよ。けれど唯円様はどうしてもいっしょになろうとおっしゃるの。真宗では坊様でも奥様を持ってもいいのですって。
浅香 ではからだの汚れている事も知っての上で。
かえで えゝ。それを思うと苦しくて夜も眠られなかった。しかしその苦しみに打ちかった。あなたのからだの汚れたのはあなたの罪ではなく、あなたの不幸だとおっしゃるのよ。そればかりでなく、たとい、あなたが自分で自分のからだを汚していたとしても私はゆるして愛する気だとおっしゃってくださるのよ。
浅香 (涙ぐむ)よくよくまじめな熱いお心だわね。
かえで 唯円様はそれはまじめよ。私と会っている時でもどうかするとすぐ説教のような堅い話になるのよ。私はまたそのような話を聞くのがうれしいの。むつかしい顔をして、美だの、実在だのと、私にはよくわからないような事をおっしゃる時のあのかたがいちばん好きなのよ。
浅香 (ほほえむ)それでまだ一度も何しないの。
かえで (まじめに)えゝ。そのような事はちょっともないのよ。
浅香 ほんとにあのような人はあるものではない。よくしてあげなさいよ。
かえで それは大切にしますわ。私はもったいないと思っていますのよ。
浅香 私もあのかたは心《しん》から好きです。あなたが、いやな、卑しい人と何するのなら、私お手紙のお取り次ぎなんかまっぴらだけれどね。
かえで ほんとにお世話になりますわね。唯円様もあなたを好いていらしてよ。このあいだもあなたの事をいろいろ気にしてたずねていらしてよ。そして幾度もありがたいといっていられました。
浅香 このあいだの夜はいい都合だったのね。私はふと門口に出て見たら、あのかたが月あかりのなかをうろうろしてい
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