で 私はどうすればいいのでしょう。
唯円 あなたはお地蔵様に、かあさんの病気がなおるように願いましたね。なおりませんでしたね。あの時お地蔵様を恨みましたか。
かえで お恨み申しました。
唯円 その時仏様を恨まずに、このようにふしあわせなのも、私がいつか悪い事をした報いなのだ。けれど仏様は私を愛していてくださるのだ。そしてどこかで助けてくださるのだと信ずるのです。それが信心です。それはほんとうなのですからね。あの慈悲深いお師匠様がうそをおっしゃるはずはありません。
かえで 私のように人から卑しまれる、汚れた女でも仏様は助けてくださいましょうか。
唯円 助けてくださいますとも。どのような悪い人間でも赦《ゆる》して、助けてくださるのですもの。
かえで 私はうれしゅうございます。私はあなたとつき合うようになってから、美しい、善《よ》いものをだんだんと願い、また信じる事ができるようになって来ました。私はこれまで媚《こ》びることや、欺くことばかり見たり、聞いたりして来ました。愛というようなものはこの世には無いものとあきらめていました。それがこのごろは、私をつつむ愛の温《あたた》かさを待ち、望み、そして信じる事ができそうな気がしだしました。明るい光がどこからかさし込んで来るようなここちがしだしました。
唯円 あなたの周囲にいる人たちが悪かったのです。これからは、明るい美しい事を考えるようにならねばいけません。
かえで あなたなどはしあわせね。毎日尊いお師匠様のおそばで清いお話を教えてもらったり、仏様の前でお経を読んだりなさるのね。私などの毎日している事はそれと比べてなんという醜い事でしょう。私はつくづくいやになってよ。
唯円 あのお師匠様のそばにいる事は心からしあわせと思います。けれどお寺の中は清い事ばかりはなく、また坊様にもいやな人はたくさんありますよ。お寺とか、坊様とかいう事はそんなにたいした事ではないのです。大切なのは信ずる心なのです。お師匠様から聞いた事は、皆私があなたに教えてあげますよ。またあなたをいつまでも、今の所には、私は決して置かぬ気です。
かえで ほんとに早くそうなれるような、よい分別を出してくださいな。そして私を善《よ》い女になれるように導いてくださいな。
唯円 そうしなくていいものですか。(肩をそびやかすようにする)
かえで 私はなんだかうれしくなって来まし
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