しますか。
唯円 放蕩《ほうとう》な上に、浄土門の救いを信じない滅びの子だと申しています。父上に肖《に》ぬ荒々しい気質だと言っていましたよ。
善鸞 無理はありません。そのとおりです。私は滅びる魂なのでしょう。まったく荒々しい気質です。私は皆の批評に相当しています。
唯円 まああなたのように優しい御気質を……
善鸞 いや。(さえぎる)あなたの前に出ると私の善い性質ばかり呼びさまされるのです。しかしほかの人に向かうとまるで違って荒い気質が出るのです。
唯円 皆がよくないのだと思います。あなた自身は善いかたに違いありません。私はそれを信じています。
善鸞 (涙ぐむ)そのように言ってくれる人はありません。私は自分の気質が、自分で自由にならないのです。それには小さい時から境遇や、また私の受けた心の傷やのせいもありますがね。私は御存じのように長く父の勘当を受けているのです。
唯円 …………
善鸞 父にはいろいろな迷惑をかけましたからね。さぞ私を今でも憎んでいるでしょうねえ。
唯円 いいえ。違いますよ。お師匠様は陰ではあなたの事をどれほど案じていらっしゃるか知れませんよ。
善鸞 どうして暮らしていますか。
唯円 朝夕、御念仏三昧《おねんぶつざんまい》でございます。このあいだはお風を召しまして、お寝《やす》みなされましたが、もうほとんどよろしゅうございます。しかしだいぶお年をお召しあそばしましたよ。
善鸞 そうでしょうねえ。私はいつも稲田にいて、京へはめったに出ませんし、ことに面会もかなわぬ身で少しも様子がわかりません。私は親不幸ばかりしてはいますが、父の事は忘れてはいません。気をつけてやってください。
唯円 私はいつもおそばを離れず、お給仕申しているのです。
善鸞 父はあなたを愛しますか。
唯円 もったいないほどでございます。数多いお弟子衆《でししゅう》の中でも私をいちばん愛してくださいます。
善鸞 あなたを愛せぬ人はありますまい。あのかえでがあなたを好きだと言っていましたよ。(ほほえむ)
唯円 (顔を赤くする)御冗談をおっしゃいます。
善鸞 あなたは女というものをどんなに感じますか。私はあわれな感じがして愛せずにはいられません。ことにこのような所にいる女と触れるのが私はいちばん人間と接しているような気がします。世の中の人は形式と礼儀とで表面を飾って、少しもほんとうの心を見せてく
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