尊敬すべきであるが、そのために舌端火を吐く街頭の闘士を軽蔑することはできぬ。むしろわれわれが要望するのは最も柔和なる者の獅子吼である。最も優美なる者の烈々たる雄叫びである。そしてキリストも日蓮も実はかかる性格者の典型であった。
その内心に私を蔵する者は予言者たり得ない。そのたましいに「天」を宿さぬものは予言者たり得ない。予言者は天意の代弁者であり、その権威に代わる者だからである。
その同時代と、大衆への没落的の愛を抱かぬ者も予言者たり得ない。そのカラーを汚し、その靴を泥濘へ、象牙の塔よりも塵労のちまたに、汗と涙と――血にさえもまみれることを欲うこそ予言者の本能である。
しかもまた大衆を仏子として尊ぶの故に、彼らに単に「最大多数の最大幸福」の功利的満足を与えんとはせずに、常に彼らを高め、導き、精神的法悦と文化的向上とに生きる高貴なる人格たらんことをすすめ、かくて理想的共同体を――究竟には聖衆倶会の地上天国を建設せんがために、自己を犠牲にして奔命する者、これこそまことの予言者である。
そして日蓮はかくの如き条件にかなえる者であったことは、上来簡叙したところの彼の生涯の行跡が示している。われわれは七百年以前の鎌倉時代に生きた日蓮の生涯を、今日の日本の非常の時代に思い比べて、自ら肯き、そして期する所がなければならないのである。(一九三七・一一・二五)
参考書のたぐい
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田中智学 大国聖日蓮聖人
清水竜山 日蓮聖人の生涯
山川智応 日蓮聖人伝十講
有朋堂文庫 日蓮聖人文集
室伏高信 立正安国論
高山樗牛 日蓮とはいかなる人ぞ
姉崎正治 法華経の行者日蓮
倉田百三 祖国への愛と認識
ニーチェ ツァラツストラ如是説
旧約聖書中のイザヤ書。妙法蓮華経。マルチン・ルーテル伝。
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底本:「青春をいかに生きるか」角川文庫、角川書店
1953(昭和28)年9月30日初版発行
1967(昭和42)年6月30日43版発行
1981(昭和56)年7月30日改版25版発行
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2006年1月22日作成
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