彼女たちは自分たちよりつつましく、優美に造られているようである。粗暴と邪悪とを知らぬかのようだ。自分たちより脆くできてはいるが、品《しな》が高そうだ。そして何という美しい声を持ってることだろう。
 彼の女たちはいうように見える。
「立派な男子におなんなさい。私たちに相応しいもののために私たちの美はあるのです」
 彼女たちはたしかに美しき、善き何ものかである。少なくともそれにつながったものである。美と徳との理念をはなれて、彼女たちを考えることはできぬ。したがって彼女たちが何であるかを探り、彼女たちを手に入れるためには美と徳との鍵を忘れることはできない。――
 青年たちはこういうふうに娘たちを、美と善との靄《もや》のなかにつつんで心に描くことは少しも甘《あま》いことではなく、むしろ健やかなことである。のみならず賢いことでさえある。古来幾多のすぐれたる賢者たちがその青春において、そうした見方をしたであろうか。ダンテも、ゲーテも、ミケランジェロも、トルストイもそうであった。ストリンドベルヒのような女性嫌悪を装った人にもなおつつみ切れぬものは、女性へのこの種の徳の要請である。かようなものとして女性を求める心は、おしなべて第一流の人間の常則である。とりわけダンテにとってベアトリーチェは善の君、徳の華であった。
 青春の黄金の日において、悪《わる》ズレ[#「ズレ」に傍点]のした、リアリスチックな女性侮蔑者であるほど悲しむべきことはない。ましてそれは早期の童貞喪失を伴いやすく、女性を弄ぶ習癖となり、人生一般を順直に見ることのできない、不幸な偏執となる恐れがあるのである。
 学生時代に女性侮蔑のリアリズムを衒《てら》うが如きは、鋭敏に似て実は上すべりであり、決して大成する所以ではないのである。すべてを順直にということが青年のモットーでなければならぬ。ませた青年になろうとするな。大きく、稚なく、純熱であれ。それがやがてはまことの知性の母なのだ。
 天地の大道に則した善き人間となりたいという願い、『教養と倫理学』――(「学生と教養」中の一章)の中に私が書いたような青春のなくてならぬもひとつの要請と、やむにやまれぬこの恋のあくがれとを一つに燃えさしめよ。
 善によって女性の美を求め、女性の美によって善を豊かに、生彩あらしめよ。美しい娘を思うことによって、高貴なたましいになりたいと願うこころがますます刺激されるような恋愛をせよ。
 音楽会に行って、美しい令嬢のピアノを弾いた知性と魅力のある姿を見た。あるいは席にこぼれ、廊下を歩く娘たちの活々とした、しかし礼儀ある物ごし――寄宿舎に帰っても、美の幻にまだつつまれてるようだ。それは学べよ、磨けよというようだ。
 寒い街を歩いて夕刊売りの娘を見た。無造作な髪、嵐にあがる前髪の下の美しい額。だが自分から銅貨を受取ったときの彼女の悲しそうな目《ま》なざしは何だろう。道々いろいろなことが考えられる。理想的社会の建設――こうしたことまで思い及ぼされるようでなければならぬ。
 学生時代の恋愛はその大半は恋の思いと憧憬で埋められるべきものだ。この部分が豊かであるだけ、それは青春らしいのだ。それが青春の幸福をつくるのだ。青春は浪曼性とともにある。未知と被覆とを無作法にかなぐり捨てて、わざと人生の醜悪を暴露しようとする者には、青春も恋愛も顔をそむけ去るのは当然なことである。

     三 恋愛の本質は何か

 恋愛とは何かという問題は昔から種々なる立場からの種々な解釈があって、もとより定説はない。プラトンのように寓話的なもの、ショウペンハウエルのように形而上学的なもの、エレン・ケイのような人格主義的なもの、フロイドのように生理・心理学的なもの、スタンダールのように情緒的直観的のもの、コロンタイのように階級的社会主義的のもの、その他幾らでもあって枚挙にいとまない。これらの諸説はみな恋愛の種々相のある一側面を捕え得たものには相異ない。この後とても世代の移るにつけいろいろな説がつみたされていくであろう。
 が恋愛とは何であるかということを概念的にきめてかかることはさまで大事なことではない。むしろ自分自身の異性への要求と、恋愛の体験とによって自らこの問いをさぐっていき、自説を持とうとするがよいのだ。
 実際人間はその素質なみの恋愛をし、その程度の恋愛論を持つのだ。そして恋愛論はその人の宇宙ならびに人生への要求一般と切り離せるものではないのだ。フロイドがどんな分析をして見せても、宗教意識の強いものは恋愛を宗教にまで持ち上げずには満足するものではない。現実主義者が恋愛は性慾と生殖作用の上部構造にすぎないといっても、精神的憧憬の深いイデアリストは恋愛が性慾をこえた側面を持ち、むしろそのこえんとする悩みにこそ、恋愛の秘義があると主張
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