増の女給と愛し合おうと、盲目の娘と将来を誓おうと、ただそれだけで是非をいうことはできない。恋愛の最高原理を運命におかずして、選択におくことは決して私の本意ではない。それは結婚の神聖と夫婦の結合の非功利性とを説明し得ない。私は「運命的な恋愛をせよ」と青年学生に最後にいわなければならないのだ。私自身は恋愛が選択を越えたものであることを認め、またそうした恋をせずには満足できなかったものだ。青年学生がそれに耐え得るほど強く、人生の猛者であり、損害と不幸とを顧みずして[#「して」に傍点]運命を愛する真の生活者でありたいならば、私はこの保身と幸福にはまるで不便な、「恋愛運命論」によって、その恋愛を指導することを勧めたい。
 われわれはちょうどわれわれの幸福と成功とに恰好な女性と、恰好な時機に、そうである故に[#「故に」に傍点]、恋に陥るとはかぎらない。何の内助の才能もなく、一生の負荷となるような女性と、きわめて不相応な時機に、ただ運命的な恋愛のみの故で、はなれ難く結びつくことはあり得るものだ。そして恋愛と結婚との真実の根拠はこの運命的な恋愛のみの上にあるのであって、その他は善悪とも付加条件にすぎないのである。この相手の女性は美しいから、善いから、好都合だから私の妻なのではない。二人の恋愛の中に運命を見たから、二人は夫婦なのだ。
 もとより夫婦を結ぶ運命は恋愛を通してあらわれ、恋愛の心理は無意識選択のはたらきを媒介とする。しかし二人の結合を不可離的に感ぜしめる契機はこの選択になくして、かの運命にあるのだ。
 私のこのような信念からは、青年学生への、実際的に有益な、恋愛についての心得を導き出すことは困難である。実際的とか、有益とかいう観念からして、もはや厳しい真理から逸《そ》れたものだからだ。
 恋愛を一種の熱病と見て、解熱剤を用意して臨むことを教え、もしくは造化の神のいたずらと見てユーモラスに取り扱うという態度も、私の素質には不釣り合いのことであろう。
 かようにして浪曼的理想主義者としての私の、恋愛運命論を腹の底に持っての、多少生真面目な、青年学生諸君への助言のようなものができあがったのである。[#地から2字上げ](一九三七・四・二〇)

     参考書のたぐい

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Platon : Symposion, Phaidros.
Dante : Vita nuova.
Goethe : Die Leiden des jungen Werthers.(茅野訳)
Schopenhauer : Die Welt als Wille und Vorstellung.(姉崎訳)
Stendhal : De l'amour.(前川訳)
Russell : Marriage and morals.
Ellen Key : Love and marriage.(原田訳)
Freud : Vorlesungen zur Einfahrung in die Psychoanalyse.(安田訳)
Kollontai : A great love.(中島訳)
Tolstoi : Anna Karenina.(中村訳)
Shakespeare : Romeo and Juliet.(坪内訳)
Maeterlinck : 〔Pelle'as et Me'lisande.〕
D'anunzio : Il trionfo della morte.
Rousseau : Confessions.(石川訳)
Turgenev : Die erste Liebe.(米川訳)
Pushkin : Onegin.(米川訳)
Heine : Buch der Lieder.
Novalis : Hymnen an die Nacht.
Romain Rolland : Le jou de l'amour et de la mort.(片山訳)
D. H. Lawrence : Sons and lovers.(三宅訳)
〔Andre' Gide : La porte e'troite.〕(山内訳)
万葉集、竹取物語、近松心中物、朝顔日記、壺坂霊験記。
樋口一葉 にごりえ、たけくらべ
有島武郎 宣言
島崎藤村 春、藤村詩集
野上弥生子 真知子
谷崎潤一郎 春琴抄
倉田百三 愛と認識との出発、父の心配
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底本:「青春をいかに生きるか」角川文庫、角川書店
   1953(昭和28)年9月30日初版発行
   1967(昭和42)年6月30日43版発行
   1981(昭和56)年7月30日改版25版発行
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2005年9月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空
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