事についている人間なのだから。自分はこのことについて赦しを乞わずにはいられない。自分は自分がすべての私の欲望を放棄して、すべての精力、すべての時間をことごとく隣人との結縁と奉仕とに捧げているとはいえないからである。自分が負うている十字架もけっして軽いとは思わないが、自分にはなお悪き欲望が残っていることを認めずにはいられないからである。自分は自分が拠ってもって人類に間接に一括めに奉仕せんと欲している芸術のために、面会日を定めたり、手紙を怠ったりしなければならないのではあるが、自分の芸術がはたして人類に対するいかほどの寄与になり能うかということ、およびその製作活動が自分のプライベートな幸福でもあることを考えるときには、それを弁解の具にのみ用いることは気がひけるところもある。自分がもしこれ以上人と会い、手紙を書くならばおそらく自分の芸術はほとんどその出産の能率を欠き、自分の寿命は支えることはできないであろう。しかしながら自分にとって芸術は一つの偏執であるのかもしれない(現に私にそういってくれる、私の尊敬している人もあるのである)。自分にとって芸術は、それだけは何もののためにも放すことのできないというような、執心となっているのだから。自分がもしすべてを隣人に捧げ、芸術を断念し、「旦《あした》に道を聞いて夕べに死すとも可なり」というがごとき信念の下に、病気を顧慮することなく他人のためにのみ生きるならば、今日においてもなお面会日を定めず、手紙を怠らぬことはできるのである。あるいは聖人はそうすべきであるかとも思う。しかし今はまだ自分の信心が決定せず、自分の思想が一定せず、芸術を断念することができず、またできるだけ長生きもしたく思っている程度の私の境涯であるためにやむをえないのである。自分はけっしてそれを当然だとは思わず、また満足してもいないのであることと、そのことについて赦しを乞うているものであること、また自分がそれほどにも人と触れ合うことを自分の幸福と思っているものであるということを私の隣人たちに知っていて欲しいのである。自分は自分の尊敬しているある人がなしているように、自分が触れ合った人々――それらのなかには、去る者は日に疎く、今はどこにどうしているか解らなくなっている、けれども自分が忘れることのできない人々、あるいはまた現在住所も解ってはいるけれども、めったに便りを出すことも得しない人々の姓名だけを帳面に書いておいて、それを仏壇に供えて、朝夕念仏することによって、一括めにそれらの人々を回向《えこう》したらとさえも思う。それはけっして十束一とからげな、事務的な気持ちからではなく、人間に与えられている制限に抵抗しようとする、真心からの愛の勤行としてもなし得ると私は信ずる。その意味において、人間の奉仕はついにいのりとならなくてはならないと思われる。神の名によって祝福を人類の上に招き寄せ、あるいは親鸞の「急ぎ仏となりて心のままに衆生を助けとりたし」という気持ちとならないではいられない気がする。自分は千手千眼観自在菩薩の画像を眺めて、自分がいつも感じているこれらの想念を新しく刺激されたのである。そして微妙の身体を有するこの瓔珞《ようらく》を戴ける像の前に跪かないではいられない気がする。そして人身の悲哀と彼岸の思慕とを感ぜずにはいられない。自分は自分の芸術を励み信心を深めることによって、せめてこの隣人への直接の奉仕の懈怠《けたい》をつぐのわしていただきたいと念ずる者である。
[#地から2字上げ](一九二〇・一二・一五 於大森)



底本:「愛と認識との出発」角川文庫
   1950(昭和25)年6月30日初版発行
   1967(昭和42)年9月30日64版発行
   1982(昭和57)年12月20日改版31版発行
※底本は新字に改める編集方針が明記されていますが、「蟲」「獻」など旧字が混在しています。これらは底本のままとしました。
※底本では角川書店編集部が、一校の「校友会雑誌」と校合して括弧付きで復元している部分がありますが、本ファイルではその著作権を考慮して削除しました。
※底本で句点を読点と誤植していると思える箇所がありますが、異本でもばらつきが見られるため底本通りにしました。
入力:藤原隆行
校正:小林繁雄
2002年3月18日公開
2005年12月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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