ト、かえって唯物論を裏切り、深遠な形而上学を建設したのである。経験という語と形而上学という語とは哲学史上背を合わしてきているにもかかわらず、氏の体系においては経験はただちに形而上学の拠って立つ根底である。これは氏の哲学の著しい特色といわなければならない。氏はいたるところ唯物論の誤謬を指摘して、実在の真相の解釈としての科学の価値を排斥しているが、その排斥の方法は科学の拠ってもっておのれを支持する基礎である、いわゆる経験を吟味して「それは経験ではない、概念である」と主張するのである。これほど肉薄的な根本的な、そして堂々とした白日戦を思わせるような攻撃の仕方はあるまい。
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唯物論者《ゆゐぶつろんしや》や一般の科学者は物体が唯一《ゆゐいつ》の実在であつて、万物は皆物力の法則に従ふと言ふ。しかし実在の真相は果《はた》してかくの如《ごと》きものであらうか。物体といふも我々《われわれ》の意識現象を離れて、別に独立の実在を知り得るのではない。我々に与へられたる直接経験の事実は唯《ただ》この意識現象あるのみである。空間も時間も物力も皆この事実を統一説明するために設けられたる概念
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