の凄いこの頃の夜半、試みに水銀を手の腹に盛ってみたまえ、底冷たさは伝わってわれらの魂はぶるぶると慓える[#「慓える」はママ]であろう。このとき何者かの力はわれらに思索を迫るであろう。かくてわれらは容《かたち》を改め、襟《えり》を正しくして厳かに、静かに瞑想の領に入らねばならぬ。霜凍る夜寒の床に冷たい夢の破れたとき、私は蒲団《ふとん》の襟を立ててじっと耳を傾ける。窓越しに仰ぐ青空は恐ろしいまでに澄み切って、無数の星を露出している。嵐は樹に吼《ほ》え、窓に鳴って惨《すさま》じく荒れ狂うている。世界は自然力の跳梁《ちょうりょう》に任せて人の子一人声を挙げない。このとき私は胸の底深くわが魂のさめざめと泣くのを聞く。人は歓楽の市に花やかな車を軋《きし》らせて、短き玉の緒の絶えやすきを忘れている。しかし、死は日々われらのために墓穴を掘ってるではないか。瞼が重だるく閉じて、線香の匂いが蒼ざめた頬に啜《すす》りなくとき、この私は、私の自我はどこをどう彷徨してるだろう。これが暗い暗い謎である。肉|爛《ただ》れては腐り、腐りして、露出した骨の荒くれ男の足に蹈まるるとき、ああ私の影はどこに存在してるだろう。
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