の土、処々に侘しく残った潦《にわたずみ》、古めかしい香いのする本堂、鬱然《うつぜん》として厳しく立ち並んだ老木の間には一筋の爪先き上りの段道がある。その側には申し訳のような谷川がある。私共は肩をならべて登った。
もともと君でも僕でも真心より尊き美に憧るる者である。一個の生を享《う》けてその生の骨子たらしめんとするのは「尊きもの」である。一枚の紙のみ張ってある組子の無い障子はこの間まで春風を心地よく受けてふわりふわりとしていた。秋風の寒さが吹いて来たときこれでは堪《たま》らない。何か確然としたものはないかしらと気がついた。君でも僕でもこの確乎したものは「尊きもの」でなくてはならなかった。それからというものは、お互いに血眼になって「尊きもの」を探してる。だから当然内容の如何《いかん》を問わず、ある尊きものに面接したときハッとして立ち止まる。このとき言い知れぬ懐しさを感ずるのだ。君と僕とが鎌倉で無名の社に詣でたときこれを経験したではないか。さて私はS君と滑らかな林道を辿った。私の心には懐しき尊さが訪れて僕はそれと応接すべくS君とは口を利《き》かなかった。S君の趣味があまりに低級にして、感情
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