B分析推論の知識はものの表面的知識であつて実在そのものを掴《つか》むことはできない。ただ愛によりてのみこれをよくすることができる。愛とは知の極点である。(善の研究――四の五)
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かくのごとき認識的の愛は生命が自己を支えんための最も重々しき努力でなければならない。個人意識がかりそめの存在を去って確実なる、原始なる、自然なる、永遠なる真生命につかんとする最も厳かなる宗教的要求である。この意味において愛はそれみずから宗教的である。かくてこそ愛は生命の内部的なる熱と力と光との源泉たることを得るのである。
私はO市の冬ごもりの間に思想を一変してしまった。我欲な戦闘的な蕭殺とした私の心の緊張はやわらかに弛《ゆる》み、心の小溝をさらさらとなつかしき愛の流れるのを感じた。私はその穏やかな嵐の後の凪《なぎ》のような心で春を待った。春が来た。私は再び上京した。
けれどもこの穏やかな安易な心の状態は長くはつづかなかった。私は心の底にただならぬ動揺を感じだした。それはいうべからざる不安な気分であった。心が中心点を失うて右往左往するようであった。意識の座が定まらない。魂が鎌首を擡
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