スの根本的なる実在的なる要求である。その源を遠く実在の原始より発する、生命の最も深くして切実なる要求である。
 しからばその愛の源流は何であるか。それは認識である。認識を透して、高められたる愛こそ生命のまことの力であり、熱であり、光である。
 私は自己の個人意識を最も根本的なる絶対の実在として疑わなかった。自己がまず存在してもろもろの経験はその後に生ずるものと思っていた。しかしながらこの認識論は全く誤謬であった。私のいっさいの惑乱と苦悶とはその病根をこの誤謬のなかに宿していたのであった。実在の最も原始的なる状態は個人意識ではない。それは独立自全なる一つの自然現象である。われとか他とかいうような意識のないただ一つのザインである。ただ一つの現実である。ただ一つの光景である。純一無雑なる経験の自発自展である。主観でもない客観でもないただ一の絶対である。個人意識というものは、この実在の原始の状態より分化して生じたものであるのみならず、その存在の必須の要件としてこれに対立する他我の存在を予想している。客観なくして主観のみ存在することはない。
 それゆえに個人意識は生命の根本的なるものではない。そ
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