Cズムを数えればじつにかぎりがない。多くの親にとって子に対する愛は他人に対するエクスクリュージョンである。自分は自分をあれほど愛してくれる親が他人に冷淡なのを見るときにあさましくなる。いな自分が愛されているのは嘘である。偶然である。母の人格に根をもたない、自然力の意志の現われであると思わないではいられない。そして憎まれているのと同じく不愉快を感ずることがしばしばある。そして自分はそのときしみじみと思う。本能的愛で愛したのでは愛するものと愛さるる者との本質は少しも結びつかってはいない。人間としての自覚体が人間としての自覚体を愛するのは隣人の愛でなければならない。すなわち認識に根を持った愛でなくてはならないと。私の親は人並み以上に本能的ないわゆる「子煩悩」な愛し方をする。それだけ自分は愛されていながらアンイージイである。自分の地位をかえって険悪に感ずる。自分はできうるかぎり隣人の愛で愛されたい。また自分も両親を隣人として愛したい。しかしながら両親と常に同じ屋根の下に住みながら、襁褓《むつき》の間より親子として暮らしてきた者が隣人の関係において相対することは至難である。いわんや親の方でかかる愛を理解しないときにはほとんど不可能といってもいい。このことは自分に家から離れたい願いを起こさせないではおかない。自分は家から離れて住み、隣人としての感じが沁み出るだけの距離を保つ必要を感ずるのである。
 しかしながら自分が離れて住みたいのは自分の骨肉からばかりでなく、また自分の隣人からも自分の姿を隠したい気がしみじみとするのである。第一に愛乏しく、神経質で、裁きやすい自分は人と交わっているときに自分の態度がまるで心の有様と一致しないアーチフィシアルな気がしてならない。自分は今ああいった。けれど心はその反対である。またいらっしゃいといった。しかしじつは送り出してほっとしたのではないか。私の思っているとおりは「あのような人とは交わりたくない。なるべく来てくれなければいいのに」である。けれど面と向かってはそのとおりをいえるものではない。もしいえば人の心を傷つける心なき業《わざ》である。その気まずさに耐えないばかりでなく、自分はそれを正直と感じるよりも不作法と感ずる。しかしながらときとしていかにも自分のいってることや態度が空々しい気がして耐えがたいことがある。元来自分は他人に対して要求が強いだけにたいていの人は気に入らない方が多い。心から交わりたいような人はきわめて少ない。ゆえに多くの場合には心にもない表現をしなければならなくなる。加うるに自分をして最も他人から隠遁せしめようと欲せしむる本質的な疑問は自分がかくして人と交わっても対手《あいて》の人に何ものかを与え得るであろうかということである。自分はこの点を深く反省するときにほとんど交わるゆえんが無いような気がする。第一心から愛に動かされないでいかほどのこともできるものではない。愛があっても知恵と徳とのとぼしい自分たちは他人と交われば他人の運命を傷つけないではおかない。与える自信よりも傷つける恐怖の方が強い。ことに自分は若い女と交わるときはこの感じが最も強い。自分は今では若い女を愛することは自分の手に余る仕事であると思っている。女に逢うと何もかも嘘になる。そしてたいがいは対手の運命を傷つけることになる。いかなる者をも避けないで交わるべきかいなかということは、じつは自分の徳の力量によって決定しなければならないことではあるまいか。「煩悩の林に遊んで神通を現ずる」ことのできるのはただ煩悩を超脱せる聖人のみである。桃水や一休ほどの器量なきものが遊女を済度《さいど》せんとして廓《くるわ》に出入りすることはみずから揣《はか》らざる僭越《せんえつ》であり、運命を恐れざる無知である。自分たちは万人を愛しなくてはならないが必ずしも万人と交わらなくてはならないことはない。対手の運命を傷つけない自信がないのに交わってはならない。加うるに自分は病身で不徳でかつかいしょ[#「かいしょ」に傍点]がなく、他人と交わっても他人の役に立つことができないのみか、むしろ負担になる。自分のある友は「彼と交わってよかったことは無い。自分は彼との交わりをシュルドとして感ずる」といったそうである。自分はそれを聞いたとき深く胸を打たれた。自分だってその人と交わりたくて交わっているのではない。交わらなくてはすまないと思って努めて交わっているのである。そして向こうでも同じことを感じているのである。自分はじつにあさましい気がする。そして自分の交友関係というものについて、そのなかにふくまるる虚偽と自偽と糊塗《こと》との醜さを厭う心をしみじみと感ずる。そして心を清く、平和に保ち、自他の運命を傷つけない知恵のために人を避けたい願いを感じないではいられない。いな交
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